「で。先生。約束覚えてます?」




もう、何でこの子は嬉しそうにして、思い出したくもないことを思い出させるんでしょうかね。











「約束って…?」

「イヤだなぁ。忘れたんッスか?ほら。テスト前にしたアレ!!!」





テスト前にした約束…。
がんばるって約束じゃないの?
もう十分、頑張ったよ。
当分、がんばる必要はないんじゃないかな?と、わたしは思うのですが。






「先生、もしかしマジで忘れてんですか?」

「え?テストがんばるって約束じゃないの?」

「それじゃねっス!てか、もうすでに頑張ったじゃないッスか!!オレ!」






切原くんが叫ぶと、何やら回りでどよめきが。
切原くんと一緒にやってて来た少年たちが声を押し殺して笑っています。
赤い髪の男の子と銀色の髪の男の子に至っては爆笑と言ってもいいかもしれません。




いや、本当にそれ以外は約束した覚えがないんですが。




それにしても、切原くんは突っ込みが上手いなぁ。
1打てば2は返ってくるな。2打てば4、4打てば16って具合に相乗効果で。
何でもハキハキ喋るからかな。
元気な子はわたし、好きですよ。





「赤也。諦めたらどうだ」





目を閉じてる純和風な男の子(目、見えんのかな?)が苦笑いして切原くんに話かけます。
背がとても高く、正統派の日本男子な感じがします。
切原くんはというと「んなっ!?」とどこか納得行かないようなそんな声を上げて、目を閉じている男の子に向かって声を荒げます。






「イヤっすよ!折角約束したんスから!!」

「それでも肝心の本人が覚えとらんけぇ。諦めんしゃい」

「仁王先輩までそんなコト…」

「女性に無理強いをさせる事は男としての道に反します」

「柳生先輩も…!絶対、イヤっす!」






銀髪の男の子(仁王くん)と、眼鏡の男の子(柳生くん)が切原くんを宥めますが、当の本人が「いやいや」と首を横に振って(中学生にもなっていやいやって…)頑なに首を断り続けています。







一体、わたし。何を約束したんだろう。




えっと…1回目約束したのは初日でしょ?(あの時は切原くんの英語の破壊的な点数に度肝を抜かれたな)
で、2回目は焼肉食べに行ってあたしが切れた日。(パパさんの拳骨が痛そうだったな…)
3回目はテスト前に泣き言を言い出して約束したんだっけ。(いきなりやる気を出してくれて、感極まって泣いたんだっけ)
それから。






『先生、あともう1こ。60点以上取ったらごほうびください』






ん?
今、なんか一瞬頭をよぎったような。
60点以上取ったらごほうび。
あ、そう言えばそんなこと言ってたよね。泣いてたからすっかり忘れてた。
で、わたしってば何て答えたんだっけ……?それすらも忘れてるよ。
いい加減、年かしら?と、言ってもまだ20歳なんですけどね。






『ごほうびでも何でもあげます』







って、言ってましたよね。たしか。





………ヤバイ。





わたしの身体から一気に血の気がストーンと足元に急降下していきました。
ええ、ええ。言いましたとも!
60点以上取ったら、何でもしてやると約束しちゃいましたよ!ど畜生!!!
なんてことを約束してしまったんだ、わたし!
泣いてたからなんて言い訳にならないぞ、わたし!!
何でもあげるって…どうしてそんな考えのないことを…!!!
そんな自分に圧倒的不利な約束をした自分が、ものすごく、悔やまれます。




ちら、と切原くんをと。まだ、先輩たちに何か言われているのかキャンキャン子犬が吠えるように、弟がお兄ちゃんに歯向かうように、言い争っています。わたしのことなんてお構いなしです。
今はお兄さんたちとケンカするのに夢中なようで、お姉さんまで気が回っていないようです。このままきっと、シラを通すことも可能かと思われます。





…シラを切りましょう。





何でもあげる、と言ったけれども。わたしの経済状態は、はっきりいってそんなによくありません。
財布の中の財務省は破綻寸前です。
そんな中、切原くんにごほうびをあれこれ買ってあげると…





確実に破綻です。





ええ、シラを切りますよ。
シラを切りとおしますよ、わたしは。





力ない笑みを浮かべ、わたしは切原くんとそのご一行さまとのやり取りを傍観しています。





「いいかげんにしろィ、赤也。先生だって困ってるだろィ?」

「あんた、自分のことじゃないからそんなコト言えるんッスよ!これが自分だったら絶・対!思い出させてますって!!!」

「おぅ。オレのコトじゃねぇから人事だな」

「この…丸いブタが……」

「………いい根性してんじゃねぇか……」





ええ、たとえケンカが始まったとしても。わたしは傍観を決め込むのです。
遠くからじっと見ているだけなのです。
ゴメンね、切原くん。ケチなわたしを許して。




「そろそろ、赤也との約束。思い出していると思いますが?」




1人ぽけっとしていると、目を瞑った男の子がわたしに囁いた。
目は閉じているのに、どうしてこんなにも鋭いんだ。この観音様は。
じとっとにらみ上げると、彼はフッと中学生には似つかわしくない不敵な笑みを浮かべています。






「さぁ。なんせ切原くんとはいっぱい約束しましたんで」

「そうですか。それを聞いたら、赤也がさぞ悲しがる」






いちいち突っかかる話し方の観音様に、中学生であるという事実を知っていながらも。イラっと来てしまいます。
わたしが中学生の時、こんなに意地の悪い話し方をする子はいなかったし、ましてやこんなに大人っぽい子はいなかったぞ!
あんたたち、ちょっとは中学生らしくしなさいよ!!!
なんて、心で思ってみても口に出していえない自分の心の小ささが恨めしい。




すると、観音様は「先生」と、わたしの名前を呼び何事かと思い、彼の方を向くと














「あー!!!柳先輩!!!!先生に何やってんスか!!!!」





切原くんの大きな声は、驚きと怒りに満ちていて。観音様−柳くんと違って少年らしさが全面的に出た元気な声です。
柳くんは、わたしの側から離れて切原くんの側へ行ってしまいました。何やら、切原くんが1人でやいやい騒いでいます。
柳くんの周りをくるくる回って、威嚇しています。柳くんはずっと無視をしていましたが、やがて痺れを切らして切原くんのおでこにデコピンを一発かましました。
デコピンを受けた切原くんは、よっぽど痛かったのかその場にうずくまってしまいます。幻覚でしょうか、何故か彼のおでこから煙がしゅーっっと立ち上ってるかのように見えるのは。
切原くんは、おでこを抑えながらわたしの側までやってきて「痛いっスー慰めてくださいー」と冗談なのか本気なのか、
判断のつかない言葉をわたしに投げかけてきます。(多分、冗談なんでしょうけど)





「えーっと。」





ここで、フと。

柳くんに言われたことを思い出しました。







さきほど、「先生」とわたしに声をかけた柳くんは、わたしに耳打ちをしてこう言ったのです。









「赤也は先生に名前で呼んでもらいたいそうです」











その後、「へ?」と聞き返したのですが、耳打ちをしているところを見た切原くんんが「あー!!!」と叫んだので、
柳くんはそのままわたしの側を離れて行ってしまわれたのです。
何で切原くんが、わたしに名前呼びされたいのかイマイチわかりませんが。
ここは一先ず。ためしに呼んでみることにしましょう。






わたしは切原くんのオデコにかかってる前髪を上げて(髪の毛、フッワフワです!)
オデコを出してあげました。(しっかり赤くなってて本当に痛そうです)
小さい子にしてあげるみたいに、オデコをさすってあげて「いたいのいたいの飛んで行け」としてあげました。




「いたいのいたいの飛んでいけ〜。赤也くんのいたいの飛んでいけ〜」




さり気なく、名前呼びをしてみました。
柳くんに言われたとおり、名前呼びです。さすがに呼び捨てはおこがましいので。




すると、切原くんはずっとオデコを出して下を向いていたのですが、
ものスゴイ勢いで顔を上げました。
大きくて丸い目を、ものすごく大きくまん丸にしして、
顔が、首が、オデコの跡よりも真っ赤になっていました。





「赤也くん?」





どうしだんだろう?と思ってもう一度、今度はしっかり聞こえるように切原くんの名前を呼んで上げると
今度は先輩たちがどよめき始めました。
「おお、名前で呼んだ」「呼んだな」「呼びましたね」「呼んだのう」など言いたい放題言って、わたしと切原くんをジロジロ見ています。
なんですか。
や、切原くんが名前で呼んでほしいと言うから呼んでるのに。
なんで、そんなものめずらしそうに見ているんですか。





心外です。





すると、さきほどのウェーブの髪の男の子がニコニコ笑ってこう言ったのです。





「赤也はごほうびとして、先生に名前で呼んで欲しかったんですよ」




と。




ほぅ。

…うん。

…………。





「なんで」





金銭や物品を催促されずに済んだことは喜ばしいことですが、
なんで、わたしなんかに名前で呼んでほしかったんですかねぇ?
それが、何でごほうびになるんですかねぇ。
それがごほうびになるんでしたら、いくらでも呼んであげますよ?


ウェーブ髪の男の子は一瞬きょとん、として(可愛かった!!!)困ったように笑いました。
それから何か思いついたかのように、フフッっといたずらっ子のように笑いました。(いろんな笑い方ができるなんて、器用ねぇ)
そして、わたしに近付いてきて、そっと男の子はわたしの耳に口元を近づけて耳打ちをしだしました。





「それはね、赤也が「何やってんスか!!!!部長!!!」






ですが、切原くんが叫びながら勢いよくわたしと男の子(部長さんだったの!?)を剥がしたので聞けず仕舞い。
しばらく切原くんは剥がした時に掴んだ、わたしの両肩から手を外さずに、部長さんをにらみつけていました。
部長さんは「誰も取ったりしないよ」とさわやかな笑みを称えて、切原くん以外のみなさんがいる所へ行ってしまわれました。
両肩に感じている手の感触はゴツゴツしていて、男の人のそれと同じです。

ちょっと、どきどき。します。





先生」





切原くんに声をかけられ、彼の顔を見上げました。
いつもは座っていたのであまり何も思わなかったのですが、彼はわたしよりも背が高いと今実感しました。
そして、いまだ感じられる両肩に感じる手の感触。
手は震えていて、低周波治療器かと思うくらいの振動です。


切原くんの顔は相も変わらず真っ赤で、歯を食いしばっていて。
何かを言いたそうにしているけれど、言えなくて。(もどかしい!)
一体何がしたいのか、わたしは神様ではないのでわかりません。





「せ、先生!」

「何?」

「オレのごほうび…聞いてくれますか?」

「ごほうび?」





あ、そっか。
よく考えたら、さっきのは切原くんがおねだりしてもらったごほうびじゃなかったね。
あたしが勝手に呼んだから、「ごほうび」にはならないか。
「たなからぼた餅」だったもんね。


いいよ。
金銭・物品じゃなかったら聞いてあげるよ。
ケチな先生でゴメンね。





「いいよ」と返事を返すと、切原くんの顔はパーッと明るくなってニコッと男の子らしい可愛い鼻血物の笑顔をわたしに見せてくれました。(わたしはショタコンか)
その後、「ありがとうございます!!!」とお辞儀を何回もし(さすが体育会系)、嬉しさのあまり離れて様子を伺っていた先輩方にピースをしてみたり、尋常じゃないはしゃぎようでした。
その様子を見て、思いっきり不安になってきました。




何買わされるのかな。心配になってきました。
今の子ってほら、ゲーム機で遊んだりしてるから。
この子たちも例外じゃないと思います。
そんなんで遊んでるのかも。
あぁあ〜もしかしたら、ごほうびって…「DS」とか「PSP」とか?
ソフト10枚とかだったらどうしよう…そんなお金ないんだけど!
ちょっと切原くん。先生も聞けるお願いと、聞けないお願い、あるからね?
先生も人間なんだからね?






「先生!」

「なっ…何?」





一瞬、トリップしていたのを切原くんによって現実に引き戻されてしまいました。
切原くんは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせています。
そんなにゲームが欲しいと言うことが緊張するんでしょうか。

切原くんはジッとわたしの目を見て(なんだか吸い込まれていきそうな目です)
真剣な顔で、真剣な口調で(男らしく感じました)




こう言ったのです。






「オレ、先生が好き」







…………。








「だから、ごほうびにオレと付き合って」









切原くんの「おねだり」は実に以外なものでした。













わたしの名前は
立海大学在学中の20歳です。
家庭教師やってます。

生徒はたくさんいるけれど、最近お気に入りが出来ました。
その子は切原赤也くん。
たまにサボるけど、根は真面目でとっても可愛い男の子です。










でも。







ホームティーチャー
 − ご 褒 美 編−








「それはいくらなんでも…ちょっと…」

「えー!?いいよって言ったじゃねッスか!」

「やー…聞けるお願いと聞けないお願いが…」

「お願いじゃなくってご・ほ・う・び!」

「そもそも、ごほうびでそんなこと言わない方がいいよ」

「オレにとっては先生と付き合えるコトがごほうびなの!」

「わたしにとっては別にごほうびでもなんでもないんだけど」

「言ったな?今、オレちょっとカチンと来たんだけど」

「あ、それは。だって…ねぇ?」

「絶対落としてやる!絶対オレなしじゃ生きられなくしてやる!」

「それは絶対ないと…」

「先生…いや、ちゃん!メアド教えて!!番号も」

「(人の話を聞け)」







なんでこうなるのよ。




そもそもいつ、わたしを好きになったワケ?