秋。爽やかだけども冷たい風が吹く季節。

最近、ある女の子と話す機会が多いです。

その子は鈴木さんといって2年になってから同じクラスになりました。

僕に話しかける回数も…自意識過剰かもしれませんが、ほかのクラスの子に比べて多いのです。

別に彼女のことは嫌いではありません。

明るくて元気な人ですし、サバサバした感じが共感できます。

クラスで何か取り組む時も彼女が中心になって物事を進める、頼れるタイプの女性です。

そんな彼女だから、同性からも異性からも好感を抱かれています。

そんな人気者の彼女が僕に話しかけてくるのはきっと、何か用事があるからなんでしょうが、

話す内容は僕への質問ばかり。

「好きな食べ物は?」「趣味は?」「家族構成は?」とか。

彼女は僕の何を知りたいのかしらないけれど、度重なる質問にいい加減うんざりしてしまいます。

このように愚痴をたまたま側に居た柳に漏らすと「幸村はにぶいな」と鼻で笑われてしまいました。

ちょっとだけムカっと来ました。

同じように柳生の前でグチると「女性の心は移ろいやすく変わりやすいですから。

頑張って耐えてください」と言われ、仁王の前でグチると「鈴木も苦労しとるのう」と苦笑されます。

こんな具合に、みんながみんな言葉を濁すので、いい加減イライラしてきました。

そんな時に、ブン太の前でグチると







「そりゃきっと好きなんだろィ、幸村くんのこと」









あまりにもピシャリと結論を出してくれたブン太への感謝の気持ちと、

食い意地の張ったお菓子大好きブン太ですら分かったのに何で気づかなかったんだろう、

という自分への情けなさと悔しさで僕の心はいっぱいになりました。













鈴木さんはどうやら僕のことが好きらしい。











僕が気づく前から、この話は有名だったようで、柳曰く周りの人間はみんなこの恋を応援しているそうです。

うまく行くように応援。

つまりは、僕と鈴木さんが付き合えるよう応援しているということ。そのくらいにぶい僕でもよくわかります。

それを聞いた瞬間、不謹慎にも人迷惑な話だ、と思ってしまいました。

別に彼女は嫌いではないけれど、特別好きという訳ではない。

ただの同級生であることには変わりありません。

これから先も僕が彼女を好きになることはない、と断言できます。

それを周りが応援しているだなんて、押しつけがましいにもほどがある。

幸村精市という一人間の意志を無視している気がして、

彼女を、そして彼女を応援する周りの人たちを僕は好きになれません。











こんなとき、もし僕が先輩だったらどうするだろう。

きっと先輩のことだから彼女と当たり障りのないつき合いをしてそうだ。

自分は自分というスタンスを守って、噂なんかに左右されずにさっくり割り切ってそうだ。

僕のように誰彼構わず愛想を振りまくような人じゃないから。









あの日。

先輩と買い物をしたあの日、僕は思いきって先輩にメールアドレスを聞きました。

先輩はなんの躊躇もなく「あたし携帯古くて赤外線出来ないんだ」と言って、

カバンから手帳を取り出し、一番最後のアドレスページを開いて

「これ番号とアドレス。登録してね」と手帳を見せて教えてくれました。

以来、頻繁ではありませんが、一週間に一回くらいの割合でメールのやりとりをしています。

先輩からメールが送られてくることもあれば、僕から送ることもあります。

そうやって僕らは今でも連絡を取りあっているのです。













しかし、最近では先輩とではなく、どこから聞いてきたのか、鈴木さんからのメールがよく来ます。

最初は「明日のテストがんばろうね」ぐらいだったのですが、最近では

「今何してるの?」

とか、

ひどい時は「次の日曜、遊ぼうよ」とか。

これが妹や先輩や本当に仲のいい女の子ならいいんですけれども、

僕が対して思ってもいない女の子なら、ちょっと怖いです。


僕は人見知りです。

しかも、基本的には受け身で、押せ押せガンガンな性格ではありません。

明るく元気な人は好きですが、押しの強い人は苦手です。

だから、鈴木さんも苦手です。











「勘弁して欲しいよ、全く」











下校の時、思わずため息を付いてしまいました。

秋の夕暮れ。太陽の赤い色があまりにも哀愁漂っていて、僕の心を飲み込んで行きそうです。

今日から中間テスト一週間前。部活はありません。

教科書を持って帰るために、心なしか重くなったテニスバッグにはラケットは入っていません。

完全に今日から勉強モードです。










が。











また、僕は鈴木さんのアタックを食らってしまいました。

正確には鈴木さんの友人からのアタックです。

何でも「放課後、クラスみんなで勉強するから幸村くんも残って」ということらしく。

始めは断っていたのですが、女の子のアタックって怖い。

有無言わさずに教室へと連行されたのです。

そこで待っていたのはクラスみんな、ではなく一部の女子と鈴木さん。

みんなじゃないじゃないか。

みんなって言うのは一部を指さないんだよ、と毒付いてやる勇気もなく、

僕はまた有無言わされずに鈴木さんの隣に座らせられ、勉強することになったのです。








勉強と言っても提出物を片付けるだけなのですが、

隣にいた鈴木さんとその周りに居る女の子たちが騒ぐので(勉強するんじゃなかったのか)

片付けようにも片付けられません。

しかも今日に限って「好きなタイプは?」「彼女いるの?」「今までの彼女の数は?」とか、本当にどうでもいい話ばかり。

僕が曖昧にかつ適当に答えると「じゃあエミ(鈴木さん)とかタイプじゃん!」と騒ぎ立てる始末。

鈴木さんは鈴木さんで何か照れてるし。

どこをどう取ったらそういう考えに行き着くのだろうか。本当に不思議でたまらない。












あまりにも集中出来そうにないので、「用事がある」と言い繕って退散してきた今。








どっと疲れた。









女の子って…あんなにめんどくさい生き物だったんだ。

すごいな、あの怖いくらいの結束力が。

男にはないよね、あんなの。

教室が一瞬にしてハイエナの巣に変わるなんて。

今度、柳にデータを提供しよう。女の子はハイエナって。










はぁっと盛大なため息をついて、靴箱からスニーカーを取り出す。

それを履いてから、紐が解けていることに気づき、くくろうとその場でしゃがみこむ。












「あーあ。幸せ逃げちゃった」










すると、聞き慣れた声が前から。

しゃがんだ状態で前を向くと、足が見えました。

学校指定のラインが入った白いハイソックスを少しだけだぼつかせて。

こげ茶色のローファーがとても清潔感が出ています。

もっと顔を上げると、そこには先輩が立っていました。

中秋らしく学校指定のマフラーとブレザー、中にはカーディガンを着ていました。












「今日も何かあったのかな?」










先輩が「今日も」と強調して来たことに対して、少しムッとしつつも、先輩と買い物以来、久しぶりに直接話す喜びもあり、

そんな気持ちはすぐに消し飛んでしまいました。

しかし、








「そう言えば幸村くん、彼女出来たって聞いたんだけど?」










先輩のこの一言で、その喜びは吹き飛んでしまいましたが。

彼女?誰に?何で?誰が?

さらりとした一言でしたが、僕の頭はさらりと受け流してくれませんでした。

某芸人が言っていたように、右から左へ受け流しているつもりでも、左から右へは受け流せなかったのでしょうか。













「え?」













驚きすぎて話せなかったのですが、かろうじて声を発することができました。

しかし、言えた言葉はなんとも情けない素っ頓狂な疑問符。

恥ずかしい。

先輩も聞き返されたことが意外だったのか「え?」と僕に聞き返して来ました。















「違うの?いないの?」














質問に僕はコクッと頷きます。

すると先輩はがっかりしたように、なーんだ、と呟き









「ま、予想はしてたけどね」













と、なぜかつまらなさそうに口を尖らせる先輩。

噂されるこっちの身にもなって欲しいものです。

完全に人事です。

……先輩にとっては人事でしょうが。















「根も葉もない噂です。はっきり言って迷惑ですよ」

















言葉が戻った僕は今まで鬱憤が溜まりに溜まっているからか、自分でもかなり辛辣なことを言ってると思います。

普段は鈴木さんたちにも愛想笑いをしてはぐらかしているので余計かもしれません。

しかも愚痴る相手は先輩。

以前、相談に乗ってもらっていることもあり、信頼できる人と知っているからでしょう。

だから、こんなに辛口なことも言えるのだと思います。
















「穏やかじゃないねぇ。眉間がすごいことになってるよ」















とケタケタ笑う先輩。

普通はどうしたの?って心配するところじゃないんですかね。

いや、相手は先輩。

自分から言わないと相談に乗ってくれません。

話せるように誘導してはくれるけど、言いたくなかったら言わなくてもいい。それが流。






どっちにしろ、僕には先輩に相談するしか道は残されていません。

他の人間に相談すると、また噂を立てられそうで怖いのです。

僕は腹をくくって先輩に今まであったことを話しました。

鈴木さんのこと、噂のこと、今日あったこと。

そんな人たちに嫌気が差していることなど、不満をたらたら。半ば文句だと思います。


先輩はずっと笑いながら聞いていました。



先輩の性格上、僕の身に起こっていることを楽しんでいるにちがいない。

きっと大変だなぁ、くらいにしか思ってないのでしょう。

たしかに前ほど切羽詰まってないのですが、けっこう悩んでます。


笑ってばっかりの先輩に、相談乗る気あるんですか?と先輩に聞くと、ごめんごめん、と軽く返されてしまいました。

僕の相談に対して軽いことしか言わないので不満です。

本当にこの人は僕の力になってくれるのだろうか。

心配になってきました。






しかし、僕の不信感は杞憂でした。

軽口ばかりの先輩でしたが、あっさりと僕に苦言を呈したのです。








「それ。幸村くんがその子にいい顔しすぎてんじゃない?」








僕の優柔普段な性格を見抜いての言葉なんでしょう。

そう言われた瞬間、僕は返す言葉が見つかりませんでした。

ずばりと僕の性格を言い当てる先輩はすごいと思います。

つき合いが長いからかもしれませんが。











「どうしてそう思われるのですか」











僕が先輩に訪ねると先輩はまた、あっさりとこう言ったのです。












「幸村くんの短所が八方美人だから」










的を射すぎていて反論の余地もありません。











「きっと幸村くんのことだから、なぁなぁに返事してどっち付かずなつき合いしてたらこうなったんじゃない?」









鋭い。鋭すぎます、先輩。この人の前では僕は透明人間なのでしょうか。

中身がことごとく暴かれて行きます。

違う?と聞いてきた先輩に間違いありません、と返事をするしかなく。(実際そうやってたのだから)






「それに、この前も部長さんの件で自分の八方美人さに悩んでたから想像はつくよねぇ」











あ、なんだ。僕の性格を知ってるからか。だったら鋭いも何もないか。

しかし、僕の性格がどうしてこんなことになるんだろう。

人当たりよくしているだけなのですが。

今、思ったことをありのまま先輩に聞いてみると、先輩は困ったような顔をしました。

その顔は小さい子にいくら言ってもわかってくれなくて困っているような苦笑いの顔でした。















「女の子って優しくしすぎるとね。期待しちゃうんだよ。わたしのこと、好きなのかなって」









幸村くんだって優しくされるの、イヤじゃないでしょ?













確かに。

実際、今先輩に話を聞いてもらって、優しくアドバイスされ、ふんわりした笑みを向けられると、とても安心します。

先輩と話しているだけで、とっても暖かい気持ちになれます。


彼女もこんな気持ちなのかな?

僕と話すだけで、優しくしてもらうだけで、とっても暖かい気持ちになっているのかな。

そう思うとなぜだか、鈴木さんに対して悪いことをしている気分になりました。

僕は彼女が好きではないのに、優しくしたりなんかして。

僕の人から嫌われたくないっていう性格のために、彼女は僕の「ウソ」の優しさに振り回されて。

そして、僕が振りまいている愛想を好きになり、そんな僕を好きになった彼女にうんざりしている僕。











よく考えたら、全部僕のワガママじゃないか。僕のエゴで愛想を振りまいて、僕のワガママで彼女に嫌気が差して。















「好きじゃないんだったらこれ以上、期待させないことさね」










先輩のこの一言が妙に重く感じられました。

たしかに。

彼女にこれ以上期待されると、どうなるかわかりません。

付き合っている以上の噂をされてしまうかもしれません。それだけは避けたいものです。

何だか辛くなってきて、もう一度ため息をつくと、先輩はいつもの満面の笑みでこう言いました。













「前にも言ってるけどさ。欲張っても、全部は手に入らないよ。人生、何かを諦めなきゃいけない時があるんだから」











先輩の意味ありげな言葉は奥が深すぎて、僕にはあまり理解出来ません。










おそらく、解決策に関して言っているのだと思いますが…はっきりとはわかりません。

首を傾げると、先輩は人の悪い笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩きました。
















「ま。よく考えろってことさ」














つまりは自分で解決しろってことなのかな。言われてみたらそうだけど。

先輩が巻き込まれているわけではないし。

何でもかんでも先輩に頼るのはいけない。

先輩に頼るのと依存するのとはまた違うから。

アドバイスを聞けただけでも有り難い。

先輩にお礼を言うと、にっこり笑って「解決するといいね」と僕の背中を押してくれるような言葉を戴きました。

僕はそれが妙に嬉しくて、思わず顔が綻んでしまいます。

破顔一笑です。

先輩に応援してもらえたのが嬉しかったのです。

悩んでいる時に応援してもらえると、すごく嬉しくなります。本当に。

先輩の応援に答えようと、口を開きかけた













その時。





















「幸村くん!」


















僕を呼ぶ大きな声は、僕が苦手な人の声。














「…鈴木さん…」














思いきり嫌な顔をしてしまいました。

僕の気分はさっきまでの幸せで嬉しくてお空を散歩しているかのような気持ちから、

一気に地面に叩きつけられたようにテンションダウンしてしまいました。

先輩との時間を彼女に邪魔をされたようで、すごく不愉快になってしまいました。

ただでさえ、メールもあまりしていないのに。

学校で会う回数もあまりないのに。

それをどうして、毎日メールして来て毎日顔を会わせる彼女に邪魔されないといけないのか。

はらわたが煮えくり返るような思いです。










「用事じゃなかったの?」











用事がある、と言って先に出て行った手前、そう聞かれると言い返しようがありません。

僕は嘘をつくのが苦手です。

すぐ顔に出るので、嘘がつけないのです。

困りきった僕がちらっと先輩を見ると、

先輩は一瞬驚いたように、そしてめんどくさそうに僕を見て、鈴木さんに言いました。











「わたしが引き止めちゃったの。ね、幸村くん」

「え、あ…ハイ」









なんて当たり障りのない言い訳。

用事があったかなかったかに触れず、ただここにいる理由を言って答えにしてしまう。

しかも非は僕にないように気を回してくれる先輩に感謝です。

鈴木さんは「そうなんだ」と言って、少し神妙な面もちで先輩をちらっと見ました。

ちょっと怒ったようなそんな顔で、じとっと先輩を見ています。

そんな視線をもらっている先輩は余裕綽々と言ったように、ニコッと鈴木さんに笑いかけます。

その笑い方はまるで鈴木さんを挑発しているようで、少し怖かったです。

















「じゃ。帰るとするか」














先輩がくるりと身体を後ろに向けて歩き出しました。僕も先輩に続いて帰ろうとすると、

















「幸村くん!」


















再び鈴木さんに呼び止められました。

呼び止めるというより、僕の名前をヒステリックに叫んだ、と言ったほうが正解かもしれません。

僕をこの場所につなぎ止めるために、僕を逃がさないように。

言葉という鎖で影を縛り付けるかのように、彼女は僕の名前を呼んだのです。


呼ばれた僕は立ち止まるしかありません。

先輩は一度だけ、振り返って僕に笑いかけ、そのまま歩いて昇降口を出て行かれました。

先輩の笑みは何だったのか。彼女と話を付けろ、と言うことなのか。

それともやっぱり噂を鵜呑みに?

いや、アドバイスをくれている時点でそれはない。

話の筋から言って、きっと前者だ。

それにしても、何だかいい加減に鈴木さんに対してイライラして来ました。

ただでさえ、あらぬ噂を立てられて迷惑しているのに。

先輩と一緒に帰れなくなるなんて。

まだ先輩とお話したかったのに。

たわいない話でもして、先輩と一緒に帰りたかったのに。

それすらも君は奪うの?

こうしている間にも先輩は前を歩いて行って、追いつけないかもしれない。

君は先輩とのメールを奪い、会話を奪い、時間を奪った。

これ以上何を奪うの?










これ以上、何か取り上げるんだったら

悪いけど、君のこと嫌いになりそうだ。











「……何?」












鈴木さんに対する言葉は必要以上に冷たくて、自分でも驚くくらいです。

顔の骨格筋もいつもなら上に引っ張られているのに、今は垂れ下がったまま。

あきらかに先輩と彼女との態度が違うことがわかります。

鈴木さんは豹変した僕を見て、おどおどしだしました。

それも無理はない。

穏やかな僕しか彼女は知らない。











「…怒って…る?」











おそるおそる聞く彼女は、いつもの彼女じゃない。

みんなを纏めるリーダー肌の女の子ではない。





「別に」








突き放すように、冷たい言葉を放つのは彼女の知らない僕。

そして、僕の知らない僕でもある。

今まで他人にこんなに冷たくしてきただろうか。

いつもは人当たりがよく、穏やかだと言われる僕だけど、こんな風に怒るなんて思いもしなかった。

鈴木さんは何かを思いだし、狂ったかのように僕の周りをうろちょろし、「ごめんね」を繰り返す。

何に対して謝るでもなく、僕の機嫌を取るためだけに必死に。











ごめんね、鈴木さん。











本当に謝らなきゃいけないのは、勝手に怒りだした僕なんだ。

君は何もしてないのにね。

君の友達たちが勝手に応援して、僕と君をひっつけようとしてるんだ。

本人のことなんて無視しちゃって。










「別に何でもないから」










君は悪くないって分かってはいるんだけども、どうしてだろう。

上手く笑えない。

やっぱり、君が先輩との時間を減らす要因となっている人だから。

僕は君よりも先輩と一緒にいたい。

一緒に帰ったり、勉強したり。

テニスの応援だって来てくれたら、すごく頑張れると思う。

でも、それは君では無理なんだよ。

先輩でなきゃダメなんだ。








だから、早く帰らせて。











「俺、もう行くから」











と、彼女に背を向けると、鈴木さんは「待って」とさらに僕を引き留めます。

一体、何。

早くしないと先輩に追いつかないじゃないか。

正直、君の相手なんかしてるひまなんてないんだ。

こんなこと、考えるなんて悪いことだってわかってる。

彼女は僕に好意を示してくれているのだし、それを無碍にするような真似だって出来ればしたくない。

でも、僕は。







僕は今、鈴木さんじゃなくて先輩と居たいんだ。











「あのっ…この際だし…一緒に…帰らない?」














緊張した声でしどろもどろに言う鈴木さんは恋をしている女の子さながらで。

目線は僕と地面と上下させ、下唇を噛んでじっと返事を待っている。

一気に罪悪感が湧いてくる。

僕の気持ちを優先させると、今から彼女の思いを拒まねばならない。

彼女はきっと傷つくだろう。なるべく人を傷つけたくはない。

でも僕の気持ちをかくしてしまうと、自分が辛いだけです。











「欲張っても、全部は手に入らないよ。人生、何かを諦めなきゃいけない時があるんだから」










さっきの先輩の一言を思い出しました。きっとこのことだったのでしょう。

僕は僕の気持ちと彼女の気持ち、両方とも報われる方法を模索していた。

けれども、そんな方法ないんだ。妥協なんてない。

誰かを、何かを諦めなければならない。

欲張ってもどうにもならないことはある。

先輩はいずれこうなることをわかってて、僕にこんな言葉を残したのでしょう。

本当に僕の性格をよくわかっておられる。









じゃあ、僕は一体何を選べばいいのだろう。

今まで僕はみんなに嫌われたくない一心で愛想良くしてきた。

そのおかげで、今の「優しくて穏やかな頼れる存在」というポジションを築いて来れた。

3年が引退して、テニス部の部長に抜擢もされた。

クラス内での評価だって高い。










でも、その陰で嫌なこともあった。

前部長が彼女と別れてしまうきっかけになったのは、何もしていないけれども僕だった。

あの時だってすごく悩んで、結局は先輩に縋ってしまった。

今回も自分の愛想のせいで、とても苦労してる。

誰かの幸せを願うからこそ、彼女を極力傷つけたくないからこそ、深みにどんどんはまっていく。








先輩の言うとおり、僕の短所は八方美人。

そして僕が信奉する平和主義的思想も短所の一つだ。

あなたもわたしもみんな幸せ、そうだったらいいな、と思いすぎるあまり、僕は卑怯になって行く。

自分を犠牲にできるほどの勇気を僕は持っていない。

自分の身だって可愛いと思う。

そうでなければ、僕は今こんなことでくよくよ悩んでいない。

彼女は嫌いじゃない。

ただ一緒に帰るだけじゃないか。

僕が先輩と一緒に帰りたいのと一緒で、彼女も僕と一緒に帰りたいだけ。










ただそれだけなのに。

どうしてこんなにも嫌なんだろう。

彼女と一緒よりも、先輩と一緒にいたいんだ。

今、ここで鈴木さんを選べばすごく後悔すると思う。

鈴木さんとは毎日顔を会わせるけど、先輩とはめったに会わないんだから。

いつ会えるかわからないから。

だから。












「ごめん。急ぐから」










僕は鈴木さんの希望ではなく、僕の希望を優先させていました。

ほとんど無意識に言葉が出て来たのです。

言い終わった後に自分が今言ったことを思い出したのです。

鈴木さんはというと、目を丸くさせて僕を見つめています。

僕が言ったこと、聞き取れてないのかな。

僕は逃げるように、その場を去ろうと一歩踏み出しました。走ってもよかったのかもしれません。

でも、走れなかったのです。















人を拒絶するなんて、今までしたことなかったから。

自分で言った言動が信じられなくて、頭の中が混乱して。

パニックになった自分の頭の中で、なんとか「逃げろ」という指令は聞き取れたのだと思います。

しかし、走ることまでには気が回らなくて、歩くのが精一杯だったのです。











「幸村くん、待って!」










鈴木さんがまた、ヒステリックに叫びます。

僕の耳には入っていても、頭の中には入って来ません。

彼女が呼び止めるのを無視して僕は歩き続ける。











彼女の気持ちを踏みにじってる行動だとは思います。

一緒に帰ってあげたら、鈴木さんだって喜びます。

でも、僕の気持ちは…先輩に向いている。

僕は先輩と帰りたいんだ。

頭ではわかっているけど、心では鈴木さんといることを嫌がっているんだ。

君が僕を欲しているように、僕も先輩を欲しているんだ。

身勝手だけれども、こんな僕を許してください。











ごめんなさい。



















the prince
 meets 
a witch














君が好きなのは「幸村精市」ではなく、「幸村精市」という人間の「上辺」だから。

君の気持ち、期待には答えられない。