The prince appears again
先輩。
僕を助けてくれた王子さまのような人。
僕の憧れの人。
先輩と出会って一週間。あれから何の音沙汰もありません。
先輩とはそれっきり、会う機会はありません。
電車でも、学校でも。全く先輩の気配は感じられません。
まだ、助けてくれた事に関してお礼も言っていないのに。それだけが心残りです。
少しでも先輩に近づくために、満員電車に負けないくらいの強靱な体を作ろうと部活が終わった後、筋トレを始めました。
痴漢に遭わないように、車両を変えて電車に乗るようにしました。
うじうじ文句ばかり言っていた自分から卒業する事にしました。
でも、 先輩と会うこともないまま、気づけば春が過ぎ、夏が過ぎ、僕の身長は少しづつ伸び、声も低くなっていました。
秋が過ぎた頃には、女の子からもモテ始め、告白なんかもされるようになりました。
一人称を「俺」に変えて、強い自分を全面的に出す事を心がけるようにしました。
みんなに僕の強さをもっと認めてもらうため。
先輩に一歩でも近づくため。
「僕」という人間から、「俺」という人間になろうとしたのです。
新人戦が終わった頃に、僕はテニス部でレギュラー入りを果たしました。
強豪テニス部でのレギュラー入りは僕をこの上なく歓喜させ、
一年でレギュラーの座を射止めたことにより、僕の名前は学校中に知られることとなりました。
告白される人の数は以前よりも増し、上級生の方もいました。
中には彼氏と別れたから僕と付き合ってほしい、という人も居て、僕は少しとまどいながらも、
こんなにも僕を愛してくれる人がいるんだと思ったら、僕自身を認めてもらえたようで、嬉しくてたまりませんでした。
その頃の僕は文字通り調子に乗っていて、全ての事が上手く行きすぎていました。
男であれ女であれ、僕が苦手としている人でも誰彼構わず僕に好意を持ってくれている人には好意的に接していて。
八方美人だったのです。
そんな八方美人の僕だから、人の気持ちなんか考えてもいなくて。
自分が上手く行っているのだから、周りも上手く行っていると錯覚していたのです。
底冷えがする冬のある日。
事件は起きました。僕はお昼休みに部長から屋上へ来るよう呼び出されました。
屋上へ来ると、寒いからか、いつもはお昼ご飯を食べるために生徒で賑わっているのに今日は誰もいません。
部長は重々しく口を開き、「悪い」と一言僕に頭を下げました。
何が何だかわからずにいると、部長が頭を下げたまま、僕に謝った事情を話してくれました。
部長が最近、付き合っていた彼女と別れたこと。
別れた理由というのが、その彼女が僕を好きになってしまったこと。
部長は今でも彼女を奪った僕が憎くて溜まらないそうで。
でも部長は僕が彼女の存在を知らない事を知っています。
理不尽だけれども、女を後輩に取られてしまったという男のプライドのために、お前を憎んでしまう事を許してほしい。
と、言うのです。
彼は泣いていました。
僕は憤りました。
彼女が僕を好きになったからといって、どうして僕は恨まれなきゃいけないんだ。
そんなの彼女の勝手じゃないか。
彼女が僕を好きになろうと知ったこっちゃない。
いい迷惑だ。
僕の頭の中は、部長の元彼女に対する恨みつらみが支配しており、行き場のない怒りで心は爆発しそうでした。
しかし、僕にはその怒りをどうする事も出来ません。
部長の涙を見てしまったから。
全国大会を制覇出来なかった時に涙を見せなかったのに、今はぼろぼろと湧き水のように涙が湧き溢れ、泣いています。
この事から部長は彼女を本当に愛していたこと、
後輩である僕を恨んでしまう自分にただただ悔しい思いをしているんだと、鈍い僕でもわかりました。
ただただ呆然とするしかありませんでした。
この日の部活は休む事にしました。
こんなコト言われた後で部活なんかやれるほど、僕の神経は太くありません。
どうして僕はこんな理由で恨まれなくてはならないのか。
そして、彼女は部長と別れるほどに僕の一体どこに惹かれたのか。
そもそも告白してくる子たちは僕のどこがいいのだろうか。
僕なんか、本当はうじうじしてるし弱虫だし。八方美人だし。
強いのはテニスだけ。テニスを取ったら何も残らない僕のどこがいいんだろうか。
脳裏には、部長の涙がこびりついて離れません。
部長の涙を思い出すと、申し訳なくなります。
こんなに弱虫な僕なのに、彼女の心を奪ってしまった僕を許してくれるわけない。
もっと僕が強ければ、きっと今より明るく元気に振る舞うコトが出来るかもしれません。
でも、僕はうじ虫で泣き虫で弱虫だから。
明日からどうやって部活しよう。そう思うと自然とため息が出てしまいました。
「ため息ついたら幸せ減っちゃうぞーん」
聞き覚えのある声がした直後、チリンチリンとベルの音が後ろから聞こえました。後ろをぱっと振り返ると、
間違いありません。
先輩でした。
半年以上会わないうちに 先輩はキレイになっていて、
僕が最初に感じた王子さまというイメージより、お姫さまと言ったほうがいいかもしれません。
先輩は赤いママチャリに乗っていて、ペダルに乗せている足には防寒のためなのか、学校指定の赤色のジャージを履いていました。
「久しぶりぃ。背、伸びたねぇ」
先輩は前と同じ笑顔でニコッと笑いかけてくれました。
痴漢で困っていた時と同じ笑顔。
何なんだろう、この人。
本当に王子さまかもしれない。
どうして僕が困っている時に限って、いつもこの人は現れるんだろう。
僕が泣きそうなときに限って現れるんだろう。
どうして強い所じゃなくて、こう弱い所ばっか見られるのかなぁ。
先輩、僕10センチも身長伸びたんですよ。
もう先輩と同じくらいなんです。
筋肉だって、先輩に会う前よりとは比べられないくらいついたし。
周りのみんなからも、信頼されてる。女の子にだってモテモテで困っちゃうくらい。
本当、困っちゃうくらい。
先輩に言いたいことを頭の中で羅列してみましたが、並べ尽くせません。
むしろ、今まで蓄積された感情が爆発しそうです。
先輩にもう一度会いたかったこと。
先輩にお礼をしたかったこと。
先輩に近づくために強くなろうと思ったこと。
結果、みんなに好かれるようになったこと。
でもその反面、大事な絆を失ってしまったこと。
嬉しさや怒り、喜びや悲しみがいっしょくたになって、何が何だかわかりません。
とりあえず、今の僕に出来るコトは泣くコトだけでした。
電車に乗っていた時のこらえる涙じゃなくて、子どものように泣くことだけ。
涙で視界が滲んでいましたが、 先輩のびっくりしたような表情はしっかり見えました。
僕はやっぱり強くなれない。
例え、人前で僕の強さを示すことが出来ていても、この人には見透かされているに違いない。
周りはごまかせても先輩はだませない。虚栄を張っている僕は、やっぱりまだまだ子どもなんだ。
先輩、僕をまた助けて。