突然、こう切り出したのは同じクラスので、たまたま帰り道に彼女が居たことから俺たちの会話は始まった。
の目は真っ赤に腫れ上がり、顔は全体的に紫味を帯び、生傷や打ち身が遠慮無く、けして細くはないが太くもない、それでもスカートから弱々しく見える手足を占拠していた。
いつも身の周りを小綺麗にしているのに、今日に限っては制服もところどころ汚れており、争った形跡が残っていた。








は俺を見つけるや否や「あ、柳くんだ」と乱れた衣服にそぐわぬ満面の笑顔を浮かべ、とてとてとおぼつかない足取りで俺の側までやって来た。
傷の具合がよくないのだろう。
俺もの尋常ではない状況に危機感と焦りを抱き、思わず駆け寄って今にも倒れそうな彼女を抱き止めた。
の身体は俺の男のわりにはけして太くない腕一本にすっぽり収まったことに少々驚いた。
は意外と細いのかもしれない。
いや、ひょっとするとが「女」だからなのかもしれない。
男だったら力も重量もあるから腕一本では抱き止められないだろう。
「どうしたんだ、その傷は」とに問えば、はヘラッと笑ったまま「戦争してきたの」とおちゃらけを返して来た。
おそらくケンカだろう。
彼女に合わせて「どこと戦争してきたんだ」と問えば「3組の女子数名であります!長官殿」とビシッと敬礼をし、ハッキリした口調で彼女は言う(意外に元気なのかもしれない)
俺とは6組だから、3組とは面識がない。
合同体育も同じではないのに、一体何故「戦争」に発展するのだろうか。謎だな。
「援軍は居たのか?」と質問すると、彼女は依然敬礼をしたまま「はい、長官殿。実はわたしがその『援軍』だったりします」と意味がよく取れないことを言う。
どういうことなのか問い詰めれば、はあっさりとこう言った。









「宣戦布告されたのはわたしじゃなくて、友達。わたしは友達を助ける『連合国』みたいなの」









つまりは喧嘩を売られたのはではなく、別の誰か。
そしてはその友達を助けるために加勢した、ということだろう。
友達のために、喧嘩を買うとは、意外とは義理堅いというか何と言うか。
なぜ何の接点もない人間に喧嘩を売られるのだろう。ひょっとするとの友人が3組に居るのかもしれないな。
しかし、3組にの友人なんているのか?
は休み時間、自分の教室からほとんど出なければ、授業が終われば直帰。
クラス外に友人がいるともあまり思えないのだが。








「ちなみに戦争の原因はおたくのテニス部の部員だったりするんだけどね」

「うちの?」

「うん。丸井くん」












よくよく聞けばの友人とは同じクラスの俺も知ってる人間で、たまたまその友人が体育の準備体操時に人数が余ったので、遅れてやって来た丸井と柔軟をしたところ(丸井とはクラスは違うが、体育は同じなんだ)
それが丸井ファンの耳に入り、丸井に何の興味もない友人が嫉妬から来るトラブルに巻き込まれ、ついに今日ファンご一行さまに連行されていったという。
それを救うためにが喧嘩に加勢した、そうだ。











「で、今、追い払ったとこなんだ!多勢に無勢だったけど勝ったよ!」





えっへん、と威張るだが所々出来た痣や爪でひっかかれた跡が痛々しい。







「それは…悪いことをしたな」

「あ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

「いや。それでもテニス部に責任の一旦はある。本当に済まない」









後で丸井にもやその友人に謝るよう言っておこう。釈然としないだろうが、俺たちレギュラーは全校生徒に名は知れ渡っているし、人気だってそこそこにある。
特に丸井はあの容姿、あの性格に惹かれる女生徒は後を絶たず、その中には今回のように過激な行動に出る者も多い。
その度に俺たちは迷惑をかけているんだ。謝っても謝りきれないくらいだ。



を支えている腕をゆっくりと外し、距離を取って改めて頭を下げる。
ケガを負わせたことは頭を下げて済む問題ではないと承知している。
ましてやは「女」であるのだから。
は「頭上げてよ」と言いながら、俺の身体を起こした。
ゆっくりと身体を起こすと、は苦笑いをしているのが見えた。それから「ねぇ、柳くん」と声をかけてきた。








「『好』ていう漢字はね『女の子』って書くんだよ」







突拍子もない発言に思わず眉をしかめてしまう。
「何言ってるんだ?」と思ってしまったことは失礼甚だしいが、不覚にもそう思わざるを得なかった。
はなぜか楽しそうに笑っている。







「女の子は誰かを好きになるために生まれて来てるようなもんだから、多少の行き過ぎがあるのは仕方ないんじゃないのかなぁ?と思うわけ」

「多少…?」







これだけケガをしているのに、これが多少の域なのだろうか。
俺が首を傾げるとクスクスとは笑う。
やけに上品な笑い方をするは、さっきまでのではないようで、知らない物を見ているようだった。








「まぁ、それだけ必死なんだよね。丸井くんを物にしたいっていう気持ちが強いから、出る杭は打っておきたいんだよ」




どんな手を使ってでもね。










どんな手、というのは自分の手を染めても手に入れたい、と解釈していいのだろうか。
の様子を見ればそう取って良さそうだな。
しかし、女という生物は恐ろしいな。
自分さえ良ければいい、というその自己中心的な思考にはひたすら感服させられる。
普段は和を好み、輪を作り、波風を立てないその集団形成法は、ひとたび輪を乱す者が居れば徹底的に排除しようと躍起になる。
その一方で、チャンスを逃すまい、と輪を乱さずに一人一人がアプローチをしかける、という器用なことをやってのける。



なぜ、そんな奇妙な行動を起こすのか理解に苦しむ。
何故、男を口説くのにそんなにも面倒な手法を取るのだろう。
そして、自分が惚れた男なれば、どんな女を選ぼうとも男の意志を尊重してやればいいものを。
なぜ、裏切りなどと言ったりするのだろう。
それは自分が望んだ事態ではないことによる現実逃避、粛正なのだ。
俺はそう解釈しているが、そのような頭の作りは全く理解出来ない。
どうして女という生物は、そんな損な生き方をするのだろうか。







「俺にはどうも、女という生物が理解できないな」






ぽつりと呟くと、すぐさまが反応してきた。








「データでは測り知れませんか?」

「あぁ。未知なる生物だ」









肩を竦ませて苦笑いをすると、は「女のわたしでもたまにわかんなくなるよ」と笑った。







「恋や愛なんてなければ、きっとこんなことにはならないんだよ。なんてったって


















くらいだからねっ!女の子は愛を貫くために、戦いを挑み続けるの」









にしっと言う擬音が合うだろうか。ボロボロな姿でガッツポーズをするが、なぜだか格好よく見えて、眩しい物でも見ているかのような既視感を覚えた。








2回目に聞くということと、その意味するところを理解したからなのか

根拠はないが、この時ばかりは名言かもしれない、と何故だか納得させられてしまった。