体育の時間、ソフトボールが頭に直撃した。
しかも女の子が打った可愛らしいへなちょこ安打じゃなくって、恐れ多くも我らが皇帝・真田くんの渾身の弾丸ライナー。
ツーアウト満塁の危機かつチャンスでヒットさせ、なおかつ男子の隣のマウンドでセンターを守ってたあたしの頭にもヒットさせる真田くんは本当にすごい。スケールが違うなぁ。さすが王者立海。
なんて言ってる場合ではない。
誰だよ、ソフトボールなんて名前付けやがったの。全然柔らかくないじゃん。軟球の軟は軟体動物の軟でしょうが。なのにこんなに堅くていいんですか?アメリカなら確実に裁判ですよ?こんな競技「ハードだけどソフトボール」て名前を変えてしまえ。話はそこからだ。


で。
見事、勇者・真田くんの「かいしんのいちげき」を食らったあたしは、はぐれスライムでもキングスライムでもない、フツーのスライムのあたしはスパッと切られ…いや、倒されたわけで。文字の如くKOだったのよ。きれいにね。痛みもくそもなく、目の前が真っ白になったかと思うと、すぐに真っ暗な世界に変わった。遠くで友達や先生、そして真田くんの声が聞こえてたけど。そんなの一瞬。



あたしは何か見えない力で、みんなから引き離されていく。
だんだんとみんなの声が聞こえにくくなり、完全に途絶えてしまった。あたしは闇の世界へ引きずり込まれて行ったんだ。











で。
今、あたしはなぜだか選択を迫られている。








闇の世界へ引きずり込まれて行ったっていうのに、目を開けるとなぜかそこに居たのは







幸村くん。







ちなみに直接会うのはこれが初めて。いつもは遠巻きに見て、きれーだなー肌すべすべだなーと思ってただけなんだけども…。いきなり対面することになって、びっくりしたってもんじゃない。







「目が覚めたようだね」






ふふっ、と笑う幸村くんの顔はやっぱりきれいで、女の子みたいで。こっちが恥ずかしくなってくる。





「ゆ…ゆゆゆゆきっむらっくん?」






思わず呼ぶ声もどもってしまう。
緊張してしまう。だって相手は泣く子も黙る王者立海の部長さんなんだから。
真田くんも威厳たっぷりだけど、幸村くんの場合言い知れない威圧感も混じってるんだよな…うん。
真田くんは純粋に「お父さん」のような威厳なんだけど、幸村くんはこう…黒いんだよなぁ。なんか。







それにしても、幸村くん。なんて格好を。白いローブに月桂樹の冠、これじゃあまるでギリシャの哲学者みたいだよ!あたしは普通に学校指定のジャージなのに、なんであなただけそんな古代人なんですか?
幸村くんの足下に注目すると…彼の足下にはなんと水!つーか池!泉!?かろうじてあたしのいるところはちゃんと地面があるけれど、目の前の幸村くんは水の上に立っている。(なんてこった!)
それだけじゃない。
幸村くんの足下の水がいきなり、渦を巻き始めたかと思うと、ばっしゃあん!と水しぶきをあげて何か出てきた。出てきたものは金色の名前だけは「ソフト」ボールと、銀色の「硬い」ソフトボール。すると、幸村くん(なのかな?人並みはずれたことしてるけど…)は微笑んでとんでもないことを言い出した。







「君の頭に当たったのは金のボール?銀のボール?」







は?
き、金のボールと銀のボール?
つーか後者はともかく金のボールってゴールドの玉!!!
すなわち卑猥な玉じゃないですか!
幸村くん、そんなことさらっと言わないでよ。あたし、一応女の子なんだけど。女の子の前でそんなこと、言わないでほしかったな。ただでさえ、王子さまフェイスなのに。恥じらいを持とうよ。
それにわたしが当たったのは金玉でも銀魂でもないんだけど。真田くんが打ったライナー弾、硬いけれどもソフトボールだよ!







「あたしの頭に当たったのは軟球という名の硬球だよ」







幸村くんに素直に言うと、幸村くんはなぜだか嬉しそうにニコッと笑った。
「正直な人は好きだよ」と言って、幸村くんはゴールデンボールとシルバーボールをあたしにくれた。(金銀は嬉しいけど…ボールってのがな…)
するとまた、幸村くんはにっこり笑って言った。








「じゃあ、君がボールを当てられたのは…」








ざっばぁ!とさっきよりすごい水しぶきをあげてまた、泉から何か出てきた。
水しぶきはあたしにビッシャアとかかったんだけどね。びしょ濡れだよ、どちくしょう!

今度はボールよりもっと大きいもの。
あたしよりデカいなんか。それはすっごい光を出して、キラキラしている何か。
水しぶきがひいて行くと、それは形を露わにして行き、それが見えてくるにつれて、あたしは顎が外れるかのように口をパコッと開けてしまった。
開いた口がふさがらない。
幸村くんは続けてあたしに言った。ええ、そりゃあとんでもないことを。







「君がボールを当てられたのは、この金の真田?銀の真田?」







目の前には金色ピカピカの真田くんと銀色キラキラの真田くん!
なんかのコントで全身塗ってんのかってくらいギンギラギン!さりげなくなんてもんじゃないよ、コレ!!
しかも真田くんの格好、幸村くんと同じくらい変!!古代ローマのグラディエーターって感じ!腰巻きしかしてなくて、しかもその腰巻きがキワドイ!真田くんの筋肉質で引き締まった足から何かが見えそうで見えなくてドッキドキ。
じゃなくって、何なのコレは!
金の真田くんと銀の真田くんって…焼き肉のタレじゃないんだから。








「や…あたしにボールを当てたのは普通の真田くんなんだけど…」







平静を装いながら、幸村くんに答えるあたし。
実際、金の真田、銀の真田なんて言われても困る。
たとえ目の前にいる真田くんが金で出来ていようと銀で出来ていようと、あんなに神々しいとぶっちゃけ気持ち悪い。失礼だけど絵にならない。真田くんは多少、おっさんくさかろうと「人間」の真田くんで是非、居てもらいたい。





「普通の真田ってどんな真田?」






なんて聞かれてしまうし。幸村くんってこんな人なんだ。なんかヤな人だな。





「少なくとも、こんなに神々しくはないよ…むしろ親父くさい」

「ふぅん」






幸村くんは可愛らしくそう言ったけれど、明らかに不満そうな顔をした。
ぶーっと唇を尖らせてむくれる顔は男子中学生ではない。男子中学生がこんな顔するはずがない。
今時、女の子でもこんなことしてるとイタイ以外の何者でもないよ、幸村くん。





「金の真田は料理上手だよ。それに女の子にも優しい」





と、幸村くんが金の真田くんを指さすと、金の真田くんは得意げに威張る。
や、威張られても…今のあなたはC3PO以外の何者でもないんですが。



「銀色の真田は子ども好き。子どもからの人気はプリキュア並みさ」




と、幸村くんが銀の真田くんを指差すと、銀の真田くんも得意げに威張る。
や、威張られても…今のあなたはチョコレートの銀紙以外の何者にも見えないんですが。






「あたしの知ってる真田くんは男でも女でも人に厳しいんだけど…」






女の子に優しいはずがない。
それだったら、とっくの昔に彼女できてるはずだ。
子どもが好きなはずがない。
それだったら、後輩のモジャ毛の男の子にもっと優しく出来るだろう。




「それに何より、真田くんじゃなくたって、キショイ体色した人間はキショイ以外の何者でもないよ」





幸村くんはきょとんとして、あたしを見る。それから、ああ、閃いた!とでも言ったかのように、ポンと手を打ちニコリと王子様のように笑った。




「ごめんごめん。彼を忘れてたよ」





ざっばぁ!!!!!とさらにすごい水しぶきをあげてまた、泉から何か出てきた。
水しぶきはもう…滝で修行でもしているかのように、頭からわたしに降りかかり、もう言葉も出てこないよ。
次に出てきたもの。ていうか…金銀の真田くんを見せられた後だから、もう何も驚くことなんてないけれども。
でも、やっぱりそこは幸村くん。期待は裏切らないね。もう、君の頭の中をスコーンとかち割って脳みそをストローでちゅーちゅー吸ってやりたい気分だよ。バカだよ、ほんと。バカすぎるよ、幸村くん。





「これ、パールの真田」




幸村くんが指差した先には、乳白色に光る真田くん。や、金銀と出てきたら次もそういうものが出てくるだろうってことは想像していたんだけど、さ。何もフリルシャツにかぼちゃパンツに白タイツを召されてなくてもいいんじゃないんですか?オプションで白馬なんか乗ってしまって。真田くんはどっちかていうと、白馬っつーか…競走馬って感じだし、フリルとかぼちゃパンツよりかは甲冑だよね。わたし、間違ってませんよね。
もう、言葉も出てこない。




「パールの真田は白い歯きらり、笑顔が眩しい好青年だよ」





幸村くんは続けてあたしに言った。そして、幸村くんの隣でニコニコと笑う真田くん。ええ、そりゃあともう白い歯きらりで。芸能人は歯が命って感じで。さわやかな雰囲気をふりまく真田くんはキモい。いや、キモいなんてぬるすぎる。「気持ち悪い」。短縮せずに、はっきりと言葉に出してしまうくらい今の真田くんは気持ち悪い。さわやかな真田くんは真田くんではない。多少、暑苦しくても普段の真田くんの方がいい。真田くん、ごめん。陰で「加齢臭しそう」とか言って。「帽子で蒸れて早いことハゲるかも」とか言ってマジでごめん。今の真田くんがどれほどいいか、今身に染みて分かったから。もう、言わないから。だからもう、許してください。




「さ、どの真田がいい?」





なんか嬉しそうに聞いてくるし!ていうか、金銀パール近寄って来んな!!!幸村、あんたもだよ!キモい!
正直、どの真田くんもイヤ!普段の真田くんもさることながら、金銀パールの真田くんをプレゼントされたって困るし!洗濯洗剤のCMじゃないんだからさ、こんなの貰っても嬉しくない!どうせならホンモノの金銀パールが欲しい!ええ、真田くんじゃない金銀パールがね!




「さぁ」



ずずい、と幸村くんとキラ光りしている3人の真田くんが寄ってくる。ただでさえ、普段からおっそろしいオーラを出してるというのに、こんな至近距離で近寄ってこられたら威圧されちゃうじゃんか!ほんとこの2人(や、5人?)怖いよ!そんなに近寄って来ないでよ!
後ずさりしようにも、後ろになぜだか森があって、生えてる低木に背中が当たってしまったもんだから、もう後ろには下がれない。横にずれようとも、金銀がわたしを取り囲んで、動けない。正面からは幸村くんとパール真田くん。もう、勘弁してください。フリルとか、カボチャとか、白タイツとか。もう色いろゴメンなさい。これから改心しますから、許してください。なんだろう。今、すっごい泣きたい。泣き叫びたい。「ごめんなさいもう許してください」って言っても許してはくれないだろうけど。
金銀パールの顔が至近距離すぎて困る。わたしの返事を待ってます、どれが1番いいんですか?って目で訴えてくる。どれもいらないし。つーか真田くん自体いらない?どうせなら丸井くんあたりがよかった。丸井くんならもう、どんと来いって感じ?「あんなこと」や「こんなこと」もしていいんだったら、全員お持ち帰りしてあげるよ。でも真田くんじゃね………。
最後に主張しておこうかな。「金銀パールは結構です」って。でも、もし真田くんを1匹貰ってほしい…いや、絶対貰わないといけない?英語で言うと「must」もしくは「have to」と言うのであれば、わたしはこう主張するよ。声を大にして主張する。「キモい真田くんはいりません」。それから






「普通の真田くんで結構ですから!!!!」











ぱちっと眼を開けると、白い天井が広がっていた。
鼻につくアルコールの臭いとイゾジンの臭いが、鼻を掠める。
ボーっとする頭と、いまだ不明瞭な視界。
後頭部がズキズキと痛む。

ハッキリとわかるのは、さっきの光景は夢だった……ってこと。
だって、ゴッド幸村くんもグラディエーター金の真田、銀の真田、パールの真田くんもとこにもいない。
神秘の泉だってどこにも見当たらないから。
寝転んでる上に、布団までかけられているから、きっとわたしはベッドに寝かされてるんだろう。
で、ここは保健室……なんだと思う。







「夢かぁ…」


ため息と一緒に、言い知れない安堵感がこみ上げてくる。夢でよかった。あんなのが実際にあったら、怖すぎだし。料理上手の真田くんとか、子ども好きの真田くんとか、やたらさわやかな真田くんとか。ホント気持ち悪いもの見せてもらったよ、幸村くん。
やっぱり普通の真田くんが一番だ。
多少怖くても、仏頂面でおっかなくておっさんくさくて、中学生らしさの微塵もない真田くんが一番なんだ。
一度、植えつけてしまったイメージは早々に変わるはずもないんだから。うん、うん。







「うわぁ…冷や汗すっげぇ……」

「うむ。確かに物凄い量の寝汗だな」

「!」





独り言のつもりだったのに、返事が返って来た。このおっさん喋り。この声のトーン。



まさか。





少しずつ顔を声がして来たほうに顔を向けると
隣に居たのはななななななななんと!







「さっ………さなっだ…くん!!!!!」





さっきの夢のこともあり、思わず真田くんから離れてしまう。ていうか、なんで真田くんが?わたしの隣にいるわけ?
ていうか……真田くんは、今の真田くんは「普通」の真田くんですよね?けして料理上手な「金」の真田くんであったり、子どもに大人気な「銀」の真田くんであったり、王子様キャラな「パール」の真田くんでは……ないんですよ、ね?




「ボールを打つけてすまなかった」



一人、パニックになりながら警戒していると、真田くんはの帽子を取ってわたしに頭を下げた。ぺこり、と帽子を取って頭を下げる真田くんは、やっぱりいつもの真田くんで、いつもはなんか親父臭くて好きになれなかったけれども、夢のおかげで真田くんのいい所が分かった気がする。古めかしいのが真田くんのいい所。お父さんみたいなところが真田くんのいい所。変に若者ぶったり、さわやかさを全面的に出したりすることなく、自分らしさを貫くところが真田くんのいい所だよね。ごめんね。今まで気が付かなくて。謝るのはわたしの方だったんだよね。




「や、こっちこそ…ごめんね」




それでも依然と頭を下げ続ける真田くんは、もう武士そのもので。その頑なさと、男らしさになぜだか胸の奥がチリリと痛んだような、痛まなかったような。や、きっと気のせいなんだろうけど。やっぱり、こういうところが真田くんの長所なんだよね。実感。







パールをプレゼント



今日、1日。真田くんを見直し機会が設けられてよかったと思う。だって、もしこんな夢を見る機会がなかったら、確実に真田くんを偏見の目で見てただろうし、「さわやかな真田くん」という一種の気持ち悪い妄想及び幻想を抱いていたかもしれないから。