「いっぺんしか言わねぇからな。耳かっぽじってよーく聞けよ」と放課後、わたしを校舎裏に呼び出したクラスメイトの丸井ブン太くんは、わたしを睨み付けながら至極不機嫌そうに頭をガシガシとかき、わたしに対して乱暴にボールを投げつけるように言いました。









「俺と付き合ってくれ」











あまりに乱暴に放たれた一言は、告白の言葉にしてはあまりにもおざなりで、ぞんざいで。もっと例えるならピンク色のような甘さを持ちながら、爽やか青色!飛び出せ青春!を期待していたわたしには、彼のこのぶっきらぼうさに対して何処か物足りなさを感じてしまいました。彼の告白の色を例えるならドブ色。ええ、本物のドブの中に吐き捨ててしまいたくなるようなドブ色です。





丸井くんのことは特別嫌いなわけではありません。かと言って特別好きなわけでもありません。同じクラスの男の子という認識だけで、特別親しいわけではありません。なので彼に恋愛感情を抱いているはずもありません。
しかし、いつどこで何をきっかけにして恋が芽生えるかなんてわかりません。よく、告白をされてはじめてその人を意識する、なんて話も耳にします。今回の場合もひょっとしたら丸井くんを意識するかもしれません。その可能性だって無きにしもあらず、なのに。丸井くんときたら、そんな大事なことをこんなに乱暴に言うなんて信じられません。いくら顔がよくても、こんなに態度が悪い告白だったら、世の女の子は誰も靡きませんよ。少なくとも夢見る乙女なわたしからしてみたら、丸井くんの態度は論外です。もっと、絹織物を織るように、丁寧に、心を込めて言ってもらわないと。全く気持ちが伝わって来ませんよ。



丸井くんの告白を不満に思うわたしを他所に、当の丸井くんはポケットからガムを取り出し、包みを開けて口の中に放り込みました。依然としてむっつりしたまま、腰に手をあててくっちゃくっちゃ、とゴム質の音がわたしの耳元まで聞こえてきそうなくらい、ねちねちとガムを口の中で堪能しては、時折ぷぅっとそれを膨らまします。そんな丸井くんを見て、わたしは思いました。







ありえない。と言うより、この人本当にわたしのこと好きなの?







普通だったら緊張しながら相手の出方を伺ったり、そわそわしながら相手の反応を待ったりするはずなのに何ですか!?ガムですか!ガム食べながらフツーに、いやむしれちょっと偉そうにお返事を待ってるんですか!なんてふてぶてしい人なんでしょう。態度がデカいというかなんというか。断られることを想定していないんですかねぇ!もっと謙虚な気持ちと誠意を見せてくださいよ。



かくいうわたしもせっかく丸井くんが告白してくれたというのに、こんな上から目線で非難してみっともないことこの上ありませんけれどもね。でもね、でもね!なんか釈然としないんです!こうもうちょっと、もうちょっとなんかこうきゅるんっと胸を締め付けるようなものがほしいって思うのは女の子として当然なんじゃないんですか?言葉の一つ一つに魂が宿ると言います。だからこそ、恋愛においては、そんな仏頂面で愛を囁いてほしくないし、非紳士的な態度で接して欲しくないのです。






こんなの。わたしの我が儘にしか過ぎませんが。










「返事は?」









丸井くんがガムを口から包みに吐き出し、しれっとした様子でわたしに答えを促します。いや、こんな状態でそんなことを言われても「お断り申し上げます」の一言に尽きるのですが。
そもそも、わたしのことを本当に好きなのかわからない人と付き合っても面白くも何ともないと思うんですが。
だから余計に気軽にオッケーなんて言えないわけで。
むしろ無理でしょう。いくら顔が良くったって、こんな感じの悪い、そして怖い告白だったら。









「…丸井くんはわたしのこと、本当に好き?」









返事の代わりに、自分の心の内を素直に吐き出してみることにしました。だって、もし仮にお付き合いすることになったら、わたしのことをどうでもいいと思ってる人となんて付き合いたくないし、大事にもしてもらえないと思うから。
わたしと付き合いたい、という気持ちが届いて来ない限り、彼の告白には応えたくても応えられないのです。
求めている返事とは異なる、思いもよらないだろうわたしの発言に、丸井くんは大きな眼をさらに大きく見開いて、わたしを見つめてきます。その表情からして、驚いた、といった所でしょうか。当然ですよね。好きだから告白してるんですよね。なのにこんなこと言われたら誰だってびっくりしますよね。









「当たり前だろ?」








そして丸井くんの反応も当然の反応です。びっくりしたまま、きょとんと、呆気に取られたかのような表情で丸井くんはわたしに言います。「つか、こんなこと冗談で言えるはずねぇだろ」とも彼は言います。そうですよね。わかってます。それでもやっぱり。









「そう…なんだ」








何処か疑ってしまうのです。本当に失礼な話だってことは重々承知していますが、けれども丸井くんのさっきの言葉には本意が詰まっていない気がしてたまらないのです。緊迫した空気や、それから伝わってきたことによって発生するわたしの心を突き動かすような動揺が感じられません。極端な言い方をすると、丸井くんという人が愛を語るのと、丸井くんにそっくりなマネキンが愛を語るのと同じに聞こえるのです。そのくらい無機質なものに思うのです。









「疑ってんのか?」

「え?」

「俺がお前を。をマジで好きなんかって疑ってんのか?」









言葉を濁してしまったわたしに丸井くんは何を思ったのでしょうか。勘のいい彼のことなので、ひょっとすればわたしの考えていることなどお見通しなのかもしれません。ただの憶測にしか過ぎないので、これ以上言及はしませんが、丸井くんが発した言葉だけは事実なのです。たしが丸井くんの告白を疑っているように、彼もまたわたしを疑っているのです。



こんな時、どうすればいいのか。告白経験が全くないわたしは正しい対処法なんて知りません。が、一つ言えることは、彼に気を使ってそんなことないよ、て嘘をつく必要はないこと。そんなことをして何の意味があるのでしょう。告白が全く心に響かなかったのに、相手の本気の想いが全く伝わらなかったのに、イエスかノーを決めるのは相手にとって失礼だし、返事をするわたしも気が引けます。正直にわたしの心情を吐露することが、彼に対する礼儀でもあります。遠慮することはない。だってこれは彼のためでもあるんだから。









「正直に言うと…うん」

「疑ってんだな?」

「うん」

「マジかよ…」








はぁっと大きなため息を丸井くんは吐きました。その表情は先程までのむすっとした表情から一変し、気の抜けた感じ、というより呆気に取られたという言葉がしっくり来るでしょう。そのような表情で彼はわたしを見て来ます。









「だ、だって、あんな仏頂面であんなこと言われても」

「仕方ねーだろ。緊張してたんだからよ

「えっ。そうなの?」

「そうなの?ってお前…」








めちゃめちゃへこむんですけど、と、その場に丸井くんはしゃがみこんでしまいました。ひょっとしてわたし、悪いことしちゃった?や、言うまでもなくしてしまったでしょう。いくらわたしに悪気がなかった、いや、十分悪気あっただろう。だって、さっきのあんな仏頂面でって言い方、これは確実にわたしが自分自身を正当化している言い方です。丸井くんの顔色を知った上で、こんな風に自分を擁護するなんて最低じゃないですか。わたしは理想こそが真理と考え、丸井くんにわたしの理想であることを強制していたんだ。丸井くんの事情や性格を全く考えずに押し付けていたんだ。なんてみっともない。




「ごめんなさい」と謝罪すると、項垂れていた丸井くんはガバッと顔を上げ、「それって何に対する『ごめんなさい』なわけ?」と少しだけ早口でわたしに言いました。眉間に皺が寄っていますが、怒っているようには感じませんでした。必死に何かを訴えかけるような、わたしをまるで繋ぎ止めるような。彼の表情からその2つの思いを感じとりました。









「…丸井くんにわたしの理想を押し付けていたな、と思って」

「理想?」

「こう…ぶすっとした感じじゃなくて。ザッツ・青春みたいな告白劇がわたしの理想だったの。それで」

「『理想押し付けちゃってゴメンナサイ』ってなるわけだ」

「そんな感じです」







聞かれた通り、素直にわたしの思いを吐き出すと、丸井くんの顔はみるみるうちにぱぁっと明るくなり、「つまり、俺はフラれたってわけじゃねぇんだな」と言ってすくっと立ち上がりました。また、彼はわたしの方をじっと見つめて「そんで、俺の誠心誠意をお前に見せればいいんだな」とも。
え?とわたしが聞き返すよりも早く、「!」と何故か大きな声でわたしを呼びました。その大きな声に怯んだわたしは「はっはいぃ」と気の抜けた、何とも情けない声を出してしまいました。一体何なんだと言うのだろう。


わたしの返事からしばらく間を空けて、丸井くんは再び。先ほどと同じ言葉を口にしました。








「…マジで。一回しか言わないからな」








聞き逃したとか言うんじゃねぇぞ、と先ほどのような仏頂面ではなく。眉をギュッと寄せて、わたしを見たくないのか顔はぷいっと少しだけ反らし、それでも眼だけはわたしの方を向いています。ちょっと困ったように結んでいる口から「やべぇ」とか「言い辛ぇ」と独り言が出てきています。

丸井くんが葛藤すること約5分。意を決したのか、「よしっ!」と溜め息をついた丸井くんは顔もわたしの方に向けて。完全に向き直っ彼の顔は、固まったみたいに微動だにしません。ぎゅっと寄せられていた眉はそのまま変わらず、また眼も依然としてわたしの眼を捉えたままです。そして彼はわたしに一言。こう告げたのです。








「好きだ、。俺と付き合ってくれ」







わたしの眼、むしろ黒目部分を射るように真っ直ぐじっと見つめてくる、丸井くんの眼。かちこちに固まっていた顔は言葉を発したことにより、ほっとしたのか一瞬にして緩み、安堵を感じていたのかと思ったら、今度は不安の混じった色で彼の顔は塗りたくられています。おそらくわたしの返事に対する不安なのでしょう。そうでないと、こんなに心配そうにわたしを見たりはしません。そこはかとなく感じる丸井くんの気迫。わたしのことを思ってくれているという気持ちが。さっきの告白よりも十分伝わって来ました。丸井くんの気持ちはきっと、本当ににたしが好きなのでしょう。


そう思うと一気に恥ずかしくなって来ました。恥ずかしい?いえ、そんな気持ちよりももっと。照れでもなく、言葉では言い表せない何かが胸の中を支配します。丸井くんの言葉や表情に一瞬にして心を奪われた、とでも言った方がいいのでしょうか。好き、というたった一言ですがわたしの心は激しく動かされたのです。



丸井くんは「マジ恥ずかしい」とついにわたしからぷいっと顔を反らしてしまわれました。
丸井くんを好きになったか、と聞かれれば答えはノー、とは言いがたいです。
ただ、丸井くんを意識するには十分すぎる出来事で、今は頭が混乱しきっていて、きちんとした判断が下せないのです。



依然としてそっぽを向いて恥ずかしがっている丸井くんと同じように、わたしも俯いてしまいました。丸井くんを意識しすぎて直視出来なくなったのと、また最高潮に上がった心拍を落ち着かせるためです。






ただ一つ、言えることは。



さっきまでの態度打って変わって、いきなり。いきなりあんな風になってしまうなんて、反則だ。


ということです。








一度しか言わない