女の子の怖いもの。
ハニーブラウンのゴキブリに、チョコレートブラックの空飛ぶちょうちょ。
女の子の怖いもの。
こわいこわいおばけに、ビロードの闇。
1人きりの夜に忍び寄る影
と、小さいころハロウィンの日にやった幼稚園のお遊戯のセリフで言ってたけど、ごめんなさい。今ではそんなものに恐怖を抱くことなく、毎日を過ごしております。ええ、そんなものちっとも怖くありません。可愛くない女でございます。ゴキブリだってアースでブシューと一吹きだし、蜘蛛だって蜘蛛の巣がうざったいだけ。眼に見えないものは信じないし、昼はお肌に刺激が強すぎるから、むしろ夜のが好きだ。 地震、雷、火事、親父のがリアルに実害があるからよっぽど怖い。 そんな夢のないことを言うわたしの名前は。 女の子らしさとはかけ離れている、太宰治氏もびっくりなリアリスト。ただいま、機嫌がよろしくない。 真っ黒な雲に世界が覆われ、時折神様からのお叱りのように、空は怒鳴り声を上げて、恐ろしくも鋭い光が天から落ちてくる。 わたしは学校から家に帰って着替えるとすぐに、ゲームをし始めた。ここの所のわたしの日課で、テレビに向かって飽きもせずピコピコやっていた。夕方から深夜までやるなんてザラだし、ご飯を抜くなんて当たり前。そんなことを毎日毎日繰り返してたもんだから、ラスボスへと到達するスピードも速く、ついに最終面へと突入した。あともうちょっとで、クリア出来る。 今日もずいぶんと遅くまで、ゲームに集中していた。その証拠に、始めた当初、暗くても多少光は差し込んでいた部屋は、今ではテレビ画面から送られるファンシーな光だけが部屋を照らすだけ。 今まで集中していたせいか、ラスボス戦前の気のゆるみにより、その光が眼にけして優しくないことに、今やっと気づいた。眼を何度も強く閉じるけれど、与えられる光が強すぎて、自然と眼に痛みが走る。その痛みに耐えきれなくなったため、立ち上がって部屋の電気をつけると、パッと蛍光灯の光が天から舞い降りた天使がふりまく希望のように、わたしの部屋を明るく照らす。これで、悪魔のような、わたしの眼を攻撃する強い光は弱まった。 改めてテレビに向かうと、やっとラスボスまで到達した、という喜びで笑みが隠せない。徹夜までして頑張った甲斐があった。高鳴る胸と興奮、そして緊張で汗がぶわっと吹き出る。そのせいで、コントローラーが滑る。両手を黒の短パンジャージで拭き、余計な水分を取り除く。ふぅっと気合いを入れ直すために、ため息をつく。肩を回す。首も回す。 よっしゃ、行くぜ!待ってろよ、ボスめ! コントローラーを再び握りしめて歩みを進める。 が。 突如、腹に響くような轟音。 それからフと、部屋が真っ暗になった。 テレビも部屋の電気も完全に闇に呑まれて沈黙し、ただ部屋から光が消えてしまった今の状態と、落雷から「停電」という現象をはじき出すのに時間はかからなかった。 真っ暗になった部屋とは裏腹に、わたしの頭の中は真っ白。なんでかって? 停電したから、テレビもぷっつり消えちゃったんだもの! つまりは、ゲームが中断されちゃったんだもの! 別にただ、消えただけならわたしだって唖然としないし、冷静になれる。でも。 …ラスボス入る前にセーブするの、忘れてたんだもん! てゆか、今日ゲーム始めてから一回もセーブしてない。 つまりは、もう一度昨日セーブしたとこからやり直しってことで… 今まで頑張ってきたわたしの苦労って一体何だったんだ。 今までの労力は何だったんだ、と、今起こっている事態を受け入れられず、ただただ呆然とするしかない。 わたしのバカ。なんでさっさとセーブしとかなかったんだ。(でも、停電になるなんて誰も思わないじゃん) 自分のバカさ加減に、後悔はあれども、天気を恨む気にはなれない。恨んだって自分の凡ミスでこんなにもことになったんだ。余計にむなしくなるだけだし。 それに、時間が経つにつれてわたしは冷静さを取り戻し始めているようだ。その冷静さが、自分の脳を正常に動かし始めているから、徐々に、そして必死に今の状態を理解しようとしている。その必死さに比例して、大きな悲しみと挫折感が襲ってくる。これは致し方ないこと。いずれは通る道、早いか遅いかの違い。 だから今はがっくり、と肩を落として、ただただこの悲しみを受け入れるしかないのだ。 外は依然、ゴロゴロと雷が鳴り、風はビュービュー家に入れろ、と請うかのように窓を叩く。雨は風に虐待されているかのように、激しく身体を打ち付ける。わたしがゲームに集中している間に随分と天気は悪化してしまったようだ。 テレビの電源とゲームのスイッチを切る。当分、電気が鳴り復旧することもなさそうだ。軽く肩を揉んで、首を左右に倒すとコキコキと音が鳴った。肩が随分とこっているようだが、ゲームのためだ、と考えれば気にするほどでもない。ゲームをするときに背もたれにしていたベッドの上に上がり、そこに置いてある、充電中の携帯を手探りで探し出す。時計を見ると、ちょうど2時になる三分前だった。わたしはため息をついて、そのままベッドへ潜り込んだ。 そういえば、ご飯食べてないな。 ふと思い出すと、急激にお腹が空きだした。たぶん、空腹であることを自覚していなかったんだと思う。 けれど今、食べ物を探しに部屋を出ても、真っ暗だから何も見えない。それに、わたしの分はきっと家族で分けて食べてしまったにちがいない。探しても無駄だ。 なんだかひもじい。 先ほどのゲームの一件といい、ご飯を食べ損ねたことといい、落ちてた気分が余計に落ちてきた。悲しくって涙ちょちょぎれそう。 胸の中の悲しみを吐き出すように もう一度、ため息をついて、寝返りを打った。 すると突然、電話の着信音がなった。このラムちゃんの着信音は 仁王くん。(ラムちゃんにした理由は喋り方が方言口調だから) 仁王くんとは同じクラスで3年に上がった直後、隣の席になった。その時に話すようになった。まぁ、ただのクラスメイトの域から脱出した訳ではないけど、そこそこに仲良くさせてもらっている。 一応、アドと番号は聞いていたけれども、これと言って連絡することも、してくることもなかったから、「あるだけ」の番号になりつつあった。 その仁王くんが、こんな真夜中に、そこまで親しくもないわたしに一体何の用なんだ。 「もしもし」 通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。 『…さん?』 疑問系で聞き返してくる仁王くんの声は、どこか怯えているように感じた。 「どうしたの?こんにゃおほふに…」 つい、欠伸が出てしまい、語尾がもにょもにょとはっきりとしない物になってしまった。暗くなったからだろうか、わたしの中の睡魔が眼を覚まし始めたようだ。 「ごめん。どうしたの?もう2時だよ」 欠伸をしてしまったことを謝罪し、さっきと同じような言葉を仁王くんに投げかけた。 けれど、電話の向こう側にいる人間は何も答えない。ただ、彼が何かに怯えたように、時折震えた息を吐き出すだけ。何が怖いのか、何に怯えているのかなんて知らないけれど、こっちは寝ようとしてたのに起こされたんだけど。用もないのに、何でこんな夜中に電話してくるの?迷惑も甚だしいんですが。 さっきのゲームのことや空腹もあり、わたしはいつも以上にイライラしていた。仁王くんに対して八つ当たりしてるってわかってるけれど、わたしはそこまで大人になり切れてないから、ついつい文句の一つでも言いたくなってしまうのだ。 「用、ないなら切るよ」 『まっ…待ちんしゃい!』 眠りに陥る所を邪魔されたわたしは自分でもわかるくらい不機嫌で、わたしの冷めたこの一言に慌てたように大声を出す。一体何だと言うんだ。どうしたいと言うんだ、彼は。 「黙ってたら何もわかんないよ」 わたしは仁王くんじゃないんだから、と付け足して、さっさと用件を吐き出させようとするけれど、仁王くんは相変わらず黙ったままで、あーとかうーとか電話越しで唸っているのが聞こえる。きっと、わたしに言うか言うまいか、葛藤してるんだと思うけれど、わたしにとっては迷惑以外の何者でもない。 わたしは寝たいんだよ。最近、ずっとゲーム三昧で寝てないし(それは自業自得とか言ったら怒るよ) ゲームができない今、他にすることないし、明日の授業とか、その他諸々に備えて寝たいんだよ。 今、仁王くんと電話してる時間がもったいなくて堪らない。わたしはこんなに辛抱のない人間ではないけれど、夜がもたらした闇のせいか、睡魔が襲って眠いからか、いつもより沸点は低めだ。 「3つ数えて何も言わなかったら切るからねー」 だるさ満点で仁王くんに言うと、相変わらずあーやうーしか言わないけど、明らかにうろたえている。 「さーん」 『あっあぁ…』 「にー」 『ちょっ…ほんと…」 「いーち」 電源ボタンを押すために、耳から少し携帯を放すと 『暗いんが怖いんじゃっ!!!』 聞いた瞬間、思わず眼が点になり、絶句してしまった。 さっきみたいな狼狽ではなく、今はっきりとこう聞こえた。暗いのが怖い、と。 えぇ、みなさん。彼、そう言いましたよね?確かに言いましたよね?聞き間違いじゃありませんよね? なんだか、胃の辺りがムズムズしてきた。鼻もひくひくと収縮しているけれど、ダメだ。ガマンしなくては。いや、でも無理だ。と、いうよりしたくない。我慢はストレスのもと、美容の敵。ここはいっそのこと、オープンにすべきだ。いやいや、そんなことしたら仁王くんのプライドが傷ついてしま……ってもいいや。我慢できなさそうだし。むしろ限界だ。 「…………ぷっ」 こみ上げる何かを我慢できずに、思わず鼻が鳴ってしまった。胃の辺りが痙攣してくる。口角が自然とニヤリ、と上がり、顔の筋肉全体が震える。 やばい、大笑いしたい。 『……今、笑ったじゃろ』 明らかに不機嫌になった仁王くんの声を聞いて、完全にスイッチが入った。ゲラゲラ笑う。泣くくらい笑う。大口開けて笑う。 まさか、仁王くんともあろうお方が暗いのが怖いとか言い出すとは思ってなかったから。恐怖対象がそんな子供じみたものなんて、言ったら悪いけど、ちゃんちゃらおかしくて仕方ないものだから。 『あんなぁ、お前さん夜を嘗めちゃいかんぜよ!』 わたしが大笑いしているのに本格的に気分を害した仁王くんは、文字の如く『プリプリ』怒りながら、夜の怖さを語る。 『まず夜になったらのう、蛾がいっぱい飛ぶんじゃ!電光灯によう集まっとるじゃろう!気持ち悪かろう!?』 うん。確かに気持ち悪いね。蛾には光の方へ寄って行く性質があるからね。仕方ないよね、蛾だって生きてるんだもん。 『それに、真っ暗じゃったらなぁんも見えん!もしそんな時に歩いたら、ひょっとしたら何か足で潰すかもしれん!蛾とか!!』 蛾はもういいよ。 ていうか、真っ暗な時に歩かなきゃ、そんな被害に遭うことないんだよ。 『変質者も出てきよる!さんは女の子じゃけぇ、出くわす回数も多いに決まっとう!』 残念ながら毎日、ゲームのために6時には帰宅しておりますので。いまだかつて遭遇したことはございません。 『あとは…おばけじゃ!おばけが夜は出やすいんじゃ!なんのために肝試しを夜にするか、それはおばけが居るからじゃ!!!』 もう、何なのこの人。わたしを笑い殺したいわけ?おばけって…幽霊ならまだわかるけど、なんだっておばけなんて言い方するかな。言い方と思考がいちいちファンシーなんだよ、仁王くんは。男の子で「おばけ」とかいう子、幼稚園以来遭遇したことないんですけど!中学生、しかも男子でなんてそんな単語使う人、いないよ。 わたしをある意味、ひぃひぃ言わせている仁王くんは笑いの収まらないわたしに対してご立腹の様子で「さんが人をバカにするような人とは思わんかった」とブチブチ文句を言っている。わたしこそ、仁王くんが夜や蛾や通り魔が怖いという乙女な方だとは存じ上げませんでしたが。お互いさまですね。 「なんで、わたしに電話してきたの?」 笑いはまだ止まる気配がないけれど、笑うのをこらえて、ある疑問をぶつけてみた。ここ、一番重要かつ謎な部分だよね。まだまだ笑いたいけど、余計に機嫌を損ね兼ねないし。損ねる前に聞いておかないといけない。 だって他にも仁王くんのお友達なり、よく仁王くんの周りに居る女の子なり。よりによって、なんでわたしなの?わたしじゃなくったって、全然いいと思うんだけど。何か意図があるの? 例えばさ、わたしに好意があるとかさ。や、正直自惚れてるわけじゃないんだけど、大して仲がいいわけでもないクラスの女子にこんな真夜中に電話かけるなんて、よっぽど頼られてるか、信用されてるかなんだと思うんだ。わたしが仮に仁王くんの立場だったら、親しくもない人間に自分の弱い所を晒そうとしない。 電話をしてきたその裏に、魂胆も何もないのであるのなら、彼は他人に自分のヘタレた部分を晒してしまっている、ただのアホだ。 仁王くんは「へ?」と素っ頓狂な声をあげた。けれど、しばらくした後に質問の意味を噛み砕くかのように「あー…はいはい」と納得の意を示した。 『テニス部のみんなに手辺り次第に電話しても誰も出んかったけぇ、じゃからさんに』 さん、夜遅ぅまでゲームしとるってクラスで言うとったの思いだしたから。 仁王くんの話し方は、なんでこんなこと聞いて来るんだろう、心底意外だ、とでも言いたそうな、口ぶりだった。 …………なるほど。 つまり、速攻でわたしに電話したわけじゃないってことね。わたしに対して好意とかは全くなくて、ただ単に当たるべき所を白み潰しに当たって全部ダメだったから、クラスで夜中ゲーマー宣言してるのを思い出して「こいつなら出るはずだ」と、わたしに電話をしたってわけね。 変に勘違いした自分がイタイよ。そのイタさ加減が恥ずかしい。つか、早くに気づけてよかった。もうちょっとで、赤っ恥かくとこだった。 そして、仁王くんはアホだった。結局は自分の情けなさを露呈しただけじゃん。そこはウソでもいいから「なんとなく」とでも答えておけば、わたしに対するフラグも立たなければ、アホを露呈することもなかったのに。本当に「詐欺師」と呼ばれているのか、疑わしくなってくる。 いろいろ考えてたら、なんかバカらしくなってきた。なんで、こんな茶番に付き合ってるんだろう。わたし、ボランティア精神皆無なんだけどね。リスクがあるものに関して、ただで付き合ってあげるほど、人間出来てないんだけど。 ただ、言えることは二つだけ。今までのわたしの(ちょっとだけした)ときめきと期待を返してくれ。それから、睡眠時間もまとめて一括払いで返しやがれ、仁王雅治め。 「で?」 『え?』 「わたしは一体どうすればいいのカナ?」 一気に仁王くんへの興味を失ったわたしは、耳をほじりながら仁王くんへと再び問う。わたしにとってこれ以上起きてても意味もなければ、義理もない。そもそも、電話をしてきて一体どうしたいのかがわからない。 眠れないから、子守歌でも歌ってほしいわけ?お話でも話してほしいわけ? いったい、どうしてほしいわけ? 仁王くんは「えっ」とまた、しどろもどろして答えにくそうにしている。「どっどうしようかのぅ…」と電話越しでどもる仁王くんにイライラする。彼が考えている時間が、わたしにとっては非常にもったいない。刻一刻とわたしの睡眠時間は削られているというのに。さっきも言ったけど、用もないなら電話してくんなよ。 舌打ちしたくなる気持ちをなんとか抑えて、平常心をかろうじて保ったまま仁王くんの返事を待つ。 5分くらい待っただろうか(無言の5分はなかなか長かった)仁王くんはいきなり「ね!」と叫んだ。今度はこっちが「へっ?」と言わされた。わたしの同様なんか、そんなのはとお構いなしに「ね」を連発する仁王くんは、ついに衝撃的なフレーズ、もとい名言を口にした。 『ねっ…眠れんから歌でも、歌ってくれんかのう?』 さんの声、けっこう綺麗じゃし。 悉く期待に沿ってくれる反面、その期待を裏切ってくれるね。やっぱり子守歌、要請来たか。お前は幼稚園児か。クレヨンしんちゃんはおろかひまわりですら、みさえの子守歌なんて無しで寝れるというのに、中学生のお前には必要か。そうか、必要なのか。その事実がかなりイタすぎて、予想はしていたけれども、仁王くんともあろうお方が、と考えると結構ショックだった。 けど。 わたしの声がきれいって、今まで言われたことなかったから、ちょっと嬉しかった。それが社交辞令なのかは判断し難いけど、今まで喋ってきた流れから考えると、たぶん本心から言ってるんだと思う。 暗いのが怖い、とか、蛾とか通り魔が怖いとか。わたしに電話をしてきた理由もそうだし、仁王くんは嘘をつけない人なんだと思う。そうでないと、わたしにこんなこと素で言えないよ。フェミニストでも何でもない、自分に素直だけの人なのかもしれない。 そう考えるとなんだか仁王くんに対して愛しさのような何かが生まれたみたいに、胸の中がぽっと灯がついたように暖かくなった。恋愛感情とはまた別物の何かだと思う。それは多分、単純なる母性本能。 仁王くんを好きな子たちはこんな気持ちでいるのだろうか。こんなアホでどうしようもない所に惹かれたのだろうか。 ……そんなわけないか。 テニスしてる時とのギャップが激しすぎるし、雰囲気違いすぎるし。と、言うよりも、わたしの見た限りでは普段の生活とも全く雰囲気違うし。普段も、こういうダメな所を出さない、イケメンくんだし。きっとみんな仁王くんの格好いい所しか見てないから違うだろうな、うん。 そう考えると、仁王くんの新たな一面を知っているのは女子ではわたしだけかもしれないな。 …これはちょっと嬉しいかも。 自惚れはダメだとわかっているけれど、考えただけで自然と口角が上がり、くすぐったい気分になった。仁王くんに対するイライラは消え失せ、もっと違う暖かい感情が心を支配する。 仕方ない。そんな格好よくも格好悪い仁王くんのために一曲歌ってあげようか。 こんな夜中にだけど、こんなおもしろい一面を知ることができた、お礼ってことで。 かわいそうだから、君が怖がる暗い夜、一緒にいてあげよう。 |