仁王雅治はわたし、の幼なじみだ。 と、いっても幼稚園からの腐れ縁でもなんでもなく、わたしが小3の時に彼がうちの隣に引っ越して来た。 「雅治っていうの」とおばさんから紹介されたとき、三白眼で思いっきり睨まれたもんだから、「感じ悪ィな、コイツ」と子どもながらの狭い物の見方で思ってしまった。同じ小学校に通うことになったけど、変なしゃべり方や無愛想さからすぐにイジメのターゲットになり、男子からもイジメられ、女子からも陰険だ、として相手にされていなかった。 わたしは当時、またまた子どもながらの青くてお尻の穴よりちょっと上らへんがむず痒くなるような、人ことでいうと「ちゃちぃ正義感」を持っていたため、そういうイジメや陰湿な行為が大嫌いだった。たとえおてんと様や、遠山のお奉行さまが許しても、わたしは許すわけには行かなかった。かと言って、クラスの男子や女子に「イジメなんてやめなよ」なんて言う勇気は持ち合わせておらず、その一方で、彼がイジメられているのをみすみす見逃すなんてできなかった。何とか円満に事が運ぶ方法。わたしは子どもながらに考えた。考えた結果、わたしは独りぼっちあいつに一つ、提案をしたのである。 「おうちおいでよ。一緒にゲームしよ」 ただの同情にすぎなかった。わたしには友達がたくさんいて、彼には友達がいなくって。 かわいそうな彼に、わたしが救いの手を差し伸べたんだ。 けれども彼はそんなわたしの心情に全く気づかず、真っ暗だったその表情はぱぁっと晴れやかなものになり、初対面の時に睨みあげて来た瞳は穏やかでかつ、嬉しそうなものに変わり、今まで纏っていたじめじめした陰気くささから一点。雲間から光がさしこんで来たかのように彼の雰囲気は明るくなった。 「ありがとう!ちゃん!!」 そう大きな声で名前を叫んだ彼の嬉しそうに笑う表情を今でも忘れない。 それがわたし・と、彼・仁王雅治の本当の出会いだったのだ。 彼、仁王雅治はあれからわたしの後ろをひたすら着いてくる。 学校へ行く時も、遊ぶときも、さらには修学旅行の班行動でさえも、彼はわたしの後ろを一歩下がってついてくる。 お陰で小学校時代はやれ夫婦だ、カップルだ、カルガモの行進だと、バカにされたけれど、さほど気にも止めず、家が隣だし、結構仲いいし、気が合うので別に悪い気はしなかった。むしろ、わたしと仲良くすることで「一端に友達なんて作りやがって」とか言って、彼のイジメがエスカレートしてしまうのではないかと、冷や冷やしていた。 かと思いきや、ところがどっこい。 最初、やれ無愛想だ、陰険だと罵られていた雅治くんは 学年が上がるに連れて背も伸び、顔立ちも精悍としたものになり。 陰険さで形を潜めていた運動神経も、地味に注目され始め、気づいた時にはすっかり人気者になっていた。 それとは逆にわたしはと言うと、「雅治くんのお気に入り」という大変有り難いポジションのおかげで一部の女子から完全ハブを食らい、「ユカちゃんって仁王くんのこと好きなんだって」などと、「てめぇ邪魔なんだよクソアマ」というニュアンスを含んだ台詞を遠回しに言われたり、「仁王くんとぉ〜お友達になりたいなっ」など彼との仲を取り持つよう言われたり。逆に わたしがイジメられた、という最強にウザッたい小学校生活をエンジョイしたのだった。 中学に入ってもそれは変わることなく。(つーか、わたしが立海受けるっつったら『じゃあ俺も』ってついてきた) あーもーなんか全部どうでもいいや、と15にして半ば人生を諦めてしまったわたしは、お友達と呼べる存在はほぼ皆無に等しく、相変わらずわたしの後ろにはあいつが。さらにその後ろに女の子たちを引き連れて、しっかりついてくるという何とも奇妙な光景が名物となっているのだ。(もうカルガモどころか、イナゴの大群だね!) しかも、何を考えているのか雅治くん。 中学に入ってから髪を銀髪の長髪にし、ちょっとどころかホストっぽい頭になさったではありませんか! 襟足の部分、あの2本のチョビ毛は一体何なんだ!何を主張したいのか、全くわからない!つーか、銀とか漫画の世界だけかと思ってたわたしは、彼がそんな派手な頭をわたしに披露してくれた瞬間、口をあんぐり開けてしまったのを覚えてる。 髪を染めたその日に彼はわたしのおうちへやってきて、ちょっと照れ臭そうにはにかみ、「髪型変えてみた」と襟足をイジイジ弄りながら、さらに駄々をこねるかのように身体を揺らして、わたしに感想を求めてくるその反応は男なのにまさに女の子その物。「い…いんじゃない?」と、半ば苦笑いで答えるとぱぁっと表情が明るくなった。彼は本当に、いつも嬉しそうに笑う。この時も「社交辞令」なんて言葉をしらないくらいの満面の笑みを浮かべていた。わたし、正直言ってけっこうイヤな顔したと思うんだけど。素直に誉め言葉として取ってくれる彼は本当、純朴だと思う。外見はちゃらちゃらしてるけど、中身はピュアそのもの。「よかったぁ。ちゃんがそう言うてくれて」とだらしのない笑顔で言われた時には、本当自分が汚れたものみたいに思ってしまった。 たとえ、心の中で「ごめんね。本当はホストみたいにチャラチャラしてるよ」なんて思ってても、洗い立てのシーツみたいに汚れのない彼にそんなことは言えるはずもなく、そんな彼だからこそ、わたしの後ろをついて歩くなんて鬱陶しい行為に他意はないのが読みとれるから、「やめてほしい」と言えやしないのだ。 そんな彼はわたしを「」と呼び(中学入ったあたりから「ちゃん」付けを止めた)、他の女子は「さん」という呼称をつける。外見の話を何回も持ち出すのはなんだけど、彼はかなり礼儀正しいのだ。 「親しくない人を呼び捨てになんかできんよ」 以前、女の子に「名前を呼び捨てで呼んで」と言われた時、彼はこう言った。 その女の子にしてみたら、結構「お前とは親しくないんだ」と言われてるようで傷つくけど、それは彼なりの礼儀なのだ。 女の子はわたし以外、必ず「さん」付け。それをすることで、彼なりに距離を保っているのかもしれない。 しかし。 彼はそれをわたしがイジメられる要因として捉えていない。彼に直接聞いた訳ではないのでハッキリとは断言は出来ないが、彼はわたしを純粋に慕っているだけで、さらに言うなれば彼はわたし以外の女の子には興味がないのだ。わたしに対する彼の情は恋愛感情ではなく、ただの思慕だけれども。今のところわたしが一番好きで、周りの女子は見えていないのだ。いや、居ても居なくても同じ、と考えるべきだろう。だから、毎時間授業が終わる度にわたしのクラスへとやって来るのだ。 彼は一つのことに執着するタイプの人間で、スポーツならテニス、髪型なら銀髪、女の子ならわたし。それ以外は全く気にならない、それだけしかイヤという偏屈さも持ち合わせる人だ。テニス以外でも人から「詐欺師」とか、外見からは「遊んでる」とか言われているけど、彼は実生活において人を欺くことはしない。興味がないだけだ。けれど、興味ないくせに、バカ丁寧に対応するもんだから、彼を好きになる女の子は多数また生まれる。彼のこの一連の行為は「思わせぶり」と表現するにピッタリだ。 思わせぶりな行動をするもんだから、告白をされるのも人並み以上。彼はその都度断るのだが、断った後決まって落ち込む。「傷つけてしもうた」と興味がない女の子1人1人に対して涙を流す。この瞬間だけ、今までわたしにのみ向けられていた興味は彼女たちへ向く。彼はいじめられた経験があるためか、人の痛みに非常に敏感だ。自分のことのように他人をいたわる彼は、端から見ればまるで聖人君子のようかもしれない。 しかし、わたしは思う。それは偽善だ。彼が無意識にしている何気ない行動が彼女たちを惹きつけてしまうのだ。彼女たちに興味がないくせに、礼儀だのなんだの言って愛想を振りまき、そして傷つけたかも、なんてしょぼくれるなんてどうかしてる。興味がないなら放っておけばいい。それで傷つくなどお門違いもいい所だ。 なんて、本人には言えやしない。彼はわたしが思う以上に繊細で、優しい人だから。わたしがこんなにドス黒い言葉を放ってしまうと、彼はショックで登校拒否を起こして、いや。 起こすだけならまだしも、死んでしまうかもしれない。 彼にとってわたしは救世主なのだ。彼がじめじめした暗い世界から、日の当たる明るい世界へ出られたのも言うなればわたしのお陰。わたしへの感謝の気持ちが強すぎ、さらにわたしが居なければ何もできないと本人自身が強く思いこんでしまっている。今、学校で楽しくやっているのも、噛み締めている幸せもわたしのお陰だ、と。そして たとえ世界の人が彼を裏切っても、わたしは彼を裏切らない 裏を返せば「わたし以外は信用していない」。 その証拠に、彼は学校において他人に甘えるようなことはしない。女の子のように身をよじったりしない。 本当の自分をさらけ出すようなことはしない。 と、たまに悶々とこう考えることがある。こうやってシリアスなことを考えるのは正直、キャラではないけれど、今の彼を見ていると嫌でも考えざるをえない。 だってさ、もうわたしも彼、ハルくん(わたしは彼をそう呼んでいる。マサくんよりもイメージ的にハルくんの方が彼に合っている気がする。頭の中は常に春って感じで)も15だよ?15つったらあと一年で原付の免許、取れんだよ?バイトだってしようと思えばできんだよ?見る世界も変わってくると思うの。 でも、わたしもハルくんも…と、いうより主にハルくんが。全くもって進歩していない。小3からのつき合いだけど、いくつになってもわたしの後を追って来ている。たまに、「人生そんなんでいいの?」と言いたくなってくる。まぁ、10割10分10厘で「うん」て言うだろうけど。 でも、わたしはちっともよくない。 何やかんやでこの3年間。わたし、ハルくんのお守りのせいで、ハルくん以外と喋ってない気がする。 いちおうクラスの子とはそれなりに喋るけど、「次の休み遊びに行かない?」なんて誘われるほど仲良くない。むしろ「あ、さんは仁王くんときっと遊ぶだろうから邪魔しちゃダメだよ」と変に気を使われてた。(まぁハルくんがお休みの日は確かに一日中一緒にゲームしたり、バッティングセンター行ったりしてるけど) あ。でも、よくよく思い出せば修学旅行は結構喋ったかも。 つか、寝る時、布団に入ってのガールズ・トークで思いっきり槍玉にされてしまった。 「仁王くんとはどこまで行ったの?」「チューはした?」「それ以上…?キャー!」なんてわたしを囲んで勝手に盛り上がっていた。周りから見ればわたしとハルくんは付き合ってるように見えてるってことと、わたしとハルくんがエッチまで済ませた仲だと思われていたのが非常に笑いを誘った。 むしろ、わたしとハルくんがエッチとかありえないんですが。 想像しただけでお腹いっぱいになる。 あのヘタレにわたしを押し倒す度胸があれば、今ごろわたしなんかに構わず、好きに動き回ってるだろう。 むしろ、ハルくんとお付き合いすれば永遠にエッチはないと思う。 そういう奴なのだ。 と、まぁ、この3年間、クラスの子と話が盛り上がったのは、記憶をほじくり返してもこれだけ。 しかも、話題がハルくんについて、と言うのが理由もないけど、なぜだか腹が立つ。 あとはハルくんのテニス部のお友達と喋った程度だ。 ギャル系の子とも喋ったけど、いじめから来るやっかみなのでノーカウント。 よく考えたら、わたしの中学3年間はハルくん有りきだったんじゃないのだろうか? ハルくん絡みでしかわたしは人と喋っていない。 いじめられたのもハルくん絡みだし、テニス部のお友達ともハルくんの知り合いだし、 クラスの子とだってハルくんの話題だ。 ひょっとしたら…わたしは、ハルくんの影に隠れているのではないのだろうか。 「仁王雅治」という存在がわたしにつきまとって、「仁王雅治の幼なじみの」としか見られてないんじゃないか? 「」という個人として見られてないんじゃないか? こんなのダメだ。 そんなのわたしではない。 わたしはハルくんのおまけでもなければ、ハルくんもわたしのおまけじゃない。 わたしたちは一人一人、個人なんだから! わたしはけして、ハルくんが居なきゃダメってわけじゃない。 むしろ、ハルくんがいない方を望む。 別にハルくんは嫌いじゃないけど、このままじゃ「」が消えてしまう。 そんなの絶対イヤだ。 もっとわたし自身を見てほしい。 わたしはハルくんじゃない! Even if a road of two people that should
be advanced is another (進むべき道が違うとしても) |