「好きじゃ」



たったその一言に、あたしの身体はかちんこちんに固まり、
全身の毛穴という毛穴から汗がぶわっと噴き出した。
水分が外に一気に出るもんだから、体内は枯渇状態。
口がからからに渇いて、唇だってかさかさに乾いてくる。
目をまっすぐに見て「好きだ」といわれたのだから、
その鋭く真剣な眼差しからあたしは目をそらす事が出来なくて、
まばたきすら困難だ。
だから、目だってぱりぱりに乾いて、コンタクトが眼球にひっつきそうだ。ひりひりと痛くもなってきた。
告白されたと同時に思いっきりスカートを握ったもんだから、きっとその部分だけ皺になりかもしれない。





「付き合うて欲しい」




告白直後にそう言われたあたしは、
さらに汗が止まらなくなって、より一層口と目が乾いてきて、知らずと握りしめる拳にはさらに力が入った。
身体はがたがた振るえ始め、乾きそうな眼を一度ぱちりと閉じると、そこに潤いが戻った。
でも、どんどん潤ってきて、最終的にコンタクトが外れそうになる。
ここで初めて、あたしは彼から目を反らした。
彼はわたしを見続けたままだったけど、わたしが彼を見続けることが耐えられなくなったのだ。





彼、仁王雅治くんとは特別接点はない。
同じ学校の同じ学年ってぐらいだ。
クラスが同じだった事も、委員会が同じだった事もない。
強いて言えば2年の時に彼の所属する部活の部長である幸村精市と、3年の今、彼と同じ部活をしてる丸井ブン太と同じクラス…て、ぐらいだと思う。


仁王くんは全国制覇をも成し遂げているテニス部のレギュラー。
顔も格好いいし、女の子たちがきゃーきゃー騒ぐ気持ちもよく分かる。
中学生なのに、ファンクラブなるものがあるらしい。
彼の名前はうちの教室でもよく飛び交っており、彼を知らない人はほとんどいないと思う。
人付き合いに関して疎いあたしも、仁王くんのことは何となく知っていたくらいだから。




そんな有名人の彼が、帰宅部で知名度の欠片もないあたしに告白をしてきた。
場所は体育館裏。(少女マンガみたいだ)
呼び出し方は、これまたなんと手紙。(少女マンガみたいだ)



詳細を説明すると
今朝、学校へ行くと、あたしの靴箱に無地の封筒が入っていた。
それには斜め上がりの見慣れない細い字で「様」と書かれていた。
けして、女の子の書くような可愛らしい字ではなく、角ばっていてごつごつしていて
お世辞にも奇麗な字ではなかった。
おそらく女の子からの手紙ではない。
封筒を透かして見ると、便箋が1枚だけ入っているのが確認できた。
イジメの定番、秘技・剃刀仕込みはされてないみたいだ。
何て書いてあるのかはわからない。こればかりは開ける他なさそうだ。
おそらく嫌がらせの手紙でもない。
とりあえず、1人で開けるのもちょっと怖いので、教室に着いてから開けることにした。




教室に到着して友達と一緒に中身を見てみると、

まぁ、アレだ。




それはまた、見事なほどにラブレターだった。





「僕はあなたが好きです。放課後、体育館裏で待っています」





と文面はシンプルなもの。
手紙をもらった時点でちょっとは予測は出来ていたけど、
まさか本当にこんなベタな展開になるなんて思っていなくて。
あまりの古典的な戦法に、あたしは友達と一緒に大爆笑しまった。
「ラブレターって!ありえねぇ!!!」「一昔前の小学生かよ!」「OK出したら交換日記から始めんのかよコレぇ!?」
みんなで言いたい放題貶しまくって、送り主が聞いてたら落ち込むこと間違いなしの誹謗中傷を、
あたしたちは何も考えずに言っていた。
今、思うと本当に申し訳ないことをしたもんだ。
そんな朝の出来事が憎らしい。


とにかく、
どこの誰だか知らないけれど、少なくとも体育館裏に行くまで、
あたしは恋愛事に興味はなくて、告白だって丁重にお断りするつもりだった。







だが、しかし!!
実際、体育館裏に行ってみるとびっくりした事この上なし!
びっくりしすぎて思わず、近くにあった用具入れの陰に隠れてしまった。




まさか、手紙の主が仁王くんだとは思わなくて。




ついでに言うと、あの有名な仁王くんがお手紙なんか出されるなんて思ってもみなくてだね。
どっちかって言うと仁王くんはメール派じゃないのかな?て思ったし。
モダン文化を大事にするお人な気がしたんですよ。
お手紙なんてナンセンス!今の時代はナノテクだぜ☆みたいな人だと思ってたから、かなり意外だった。


と、言うことは、あたしたちは今朝、仁王くんを貶してたってことで。
「一昔前の小学生」とか「交換日記から」とか…
それは、全部「仁王くんの恋愛観」ってことで。





さーっと血の気が引いた。





仁王ファンは「立海王子様集団のファン」もとい、「テニス部のファン」の中で最も過激な一派だと言われている。
彼のファンはギャル系美女がなぜか多い。
さらに言うなれば、仁王ファンのみなさんは競争社会の中に身を置いている。
ファンの個人個人が独占欲が強いようで、いつも競い合うように仁王くんの隣をキープしようと必死。




その光景は、さながら砂糖にたかる蟻みたいで非常に滑稽。




何度か見たことがあるけれど、あの光景だけはいつ見ても本当に面白い。
仁王くんが学校に現れるやすぐに、同じような顔をした女の子たちがわっと群がって
仁王くんは彼女たち「蟻」に囲まれて、教室という名前の「巣」に「運ばれて」行く。



この前、たまたま側に居た幸村にこの事を話してみると、
普段は「微笑みの貴公子」(ペかよ)て呼ばれるくらい穏やかな顔が、みるみるうちに崩れていって
大口開けて腹を抱えて、「最高!」と何回も言いながら大爆笑していた。
あたしを含む、周りにいた人間は幸村の爆笑シーンを見たことなんてなくって、すごく驚いたもんだ。
「いやー。面白い事言うよね。仁王を見る目が変わっちゃいそうだ」と最後に彼は言っていた。




て、今は幸村のことなんてどうでもいいんだよ。
今、問題にすべきは蟻のような「仁王ファン」なんだよ!




仁王ファンは個々の独占欲は強くいけど、何故だか仲間同士の結託が強い。
共通の敵を見つけたらそいつ目掛けて一斉攻撃。
この間、仁王くんに告白をした女の子がいる。
仁王くんは断ったらしいけれど、この告白に怒りを表わした仁王ファン御一行様は。
その子を呼び出して、ひどい目に合わせたらしいってもっぱらの噂。
まぁ、ほぼ確定事実でしょう。




だって、その告白した女の子っていうのはうちのクラスの女の子だから。




その子がある日を境に学校へ来なくなったもんだから、
クラスの女子みんなで同じ部活の丸井に聞いてみたら、
目をこれでもか!てくらい、ぱっちり開けて、しかも膨らませていたガムが急にしぼんで
丸井の顔にべちゃっと引っ付いた。笑いそうになった。
目の焦点も定まらず、目を泳がせて、汗もかいて、明らかに動揺していて。
終いには



「ま…ま、まぁ人生色いろ、男も色いろ、女だって色いろ咲き乱れるってヤツだろぃ」



なんてわけのわからない事を言い出す始末(島倉千代子か。渋いな、お前)
天才・丸井の動揺っぷりで、あたしたちはその子に何かあったと確信した。




なんて具合に、ブラックな噂が絶えない仁王ファン。
すごいよ仁王ファン!恐ろしいよ仁王ファン!


仁王くんを鼻で笑うかのように、馬鹿にしてしまったあたしの末路はどうなるんでしょうかね。
このことが仁王ファンの耳に入れば確実






あたしってば、もう立海で生きていけない。






お呼び出しを喰らって、リンチに合って、布団で簀巻きにされて相模湾にポイ!






再起不能どころか、死ぬ。






新聞の見出しに「女子中学生(15)、愛憎劇の果てに−神奈川−」なんて載りたくない!
そんなことで有名になりたくねー!






ついでに言っとくと、あたしは仁王君が怖い。
基本的に腹の中が読めなさそうな人はみんな怖い。
つーか嫌い。
例えば幸村とか。あいつは本当に怖い。
江原さんじゃなくても、あいつのオーラの色は鑑定できる。
黒だよ、黒!断言できる!!間違いない!!!




逆に、わかりやすい人は好感が持てる。裏表のない人は好きだ。
ちなみに「裏表がなく真っ直ぐな人で、何をやっても失敗しちゃうようなどんくさいダメ男」がタイプです。
簡単に言うと「ヘタレ」ですね。
「ヘタレ」はイイ!!
あたしの場合、母性本能よりもサド心がくすぐられる!
いじり倒したくなるんだよね!!
ガンバってるんだけどできなくて、もっとガンバるんだけどそれでもできなくて。
最後に助けを求めてくる時には、もうボロボロになって泣きそうになってるってのがたまんない。
その中でも一番、理想的なのは「イケメンでかつへタレ」!
もう最高!こんな男いたら、もうドSのあたしには持ってこいだよ!!
萌です!萌!!!顔はいいくせに、ほんとてんでダメだなんて…あーもー妄想するだけでご飯3杯お釜でOK!
即効でお付き合いさせていただきますよ!!!





あ、ちょっと興奮してしまいました。
まとまってない文をまとめてみるとですね。





幸村と同類である仁王くんは残念ながらタイプではございません。






断るつもりではいるんだけれども…
幸村と同属だから、すっごい断りづらい。



断ったら何されるんだろう。
そもそも、断れないようになんかあたしの弱みとか握ってそうだな。
あー有り得る、有り得る。
きっと幸村にあたしの弱みとか聞いてんだろうな………。
て、事はどっちみち「イエス」て答えるしかないじゃん!!!断れねーよ!ちくしょう!!!


もう、ぶっちしちゃおうかな。返事すんの…。
いやいやいや。
ここでぶっちしたら、幸村の眷属のことだから黒いオーラで口に出しては言えないような何をされるに決まってる!




そんなの嫌だ。




まだ、もっと生きてたいし!
もうちょっと魔王・仁王(韻踏んでるな)の動向を探ってから考えても…いいよね?





用具入れの陰から、そっと仁王くんの様子を伺うと、仁王くんはまだ、あたしが来ていることに気づいてないようだ。
体育館の外壁にもたれ掛かって、二つ折りの携帯を開けたり閉めたり開けたり閉めたり。(壊れるぞ)
かちかちと携帯で何か打っては、ぱたんと閉じる。
で、また思い出したように何か打っては、ぱたんと閉じる。
仁王くんの表情はよく見えないけれど、しきりにキョロキョロ頭を動かしていた。

(落ち着こうよ、仁王くん。)




携帯をパカパカさせながら、仁王くんは後ろ髪を指に絡ませて、くるくるいじり出したり、
急にもたれ掛かるのを止めて、直立してみたり、
2、3歩歩いたら、くるっと方向転換して、また同じ分だけ歩いて、またくるっと方向転換して、うろうろする。

(はっきり言って挙動不審だよ、仁王くん。)




仁王くんて…
もっと、飄々としてて、何事にも動じずどっしりと構えてて、何考えてんのかわかんないミステリアスな男の子だと思ってたけど。

(これじゃあ、ただの変な人だよ、仁王くん)




こんなに落ち着きのない人だとは思ってなかったな。
まぁ…落ち着かない理由はたぶん、あたしがいつまで経っても来ないからだと思うんだけど。
すぐイライラする人なんだろうか。
だったら、余計付き合うとか無理。嫌だ。






しばらく、挙動不審な動きをしていた仁王くんに変化が訪れた。
仁王くんの携帯に電話がかかってきたのだ。
いきなりかかって来たみたいで、仁王くんの肩が面白いくらいにビクっと上に上がった。
なんだ、この人。電話がかかってきたからって驚きすぎですよ。

(ちょ…おもしろいよ、仁王くん!)




仁王くんは、パカパカしすぎの携帯をぱかっと開けて、電話に出た。




「もしもし」




みんな、仁王くんの声はエロい、とか色気があるって言うけど
あたし自身はゴニョゴニョしてて聞き取りにくいと思う。
用はエロボイスって口ごもるような声でしょ?
そんなんだったら、もし街中で喋っててだよ?
「え?なんて?」て何回も聞き返すのめんどくさいじゃん。
一気に耳が聞こえなくなった気がして、あたしは嫌だ。
普段から声に色気なんざいらねぇんだよ。
昼間っからこんな調子だったら、いろんな意味でコミュニケーション取りづらいじゃねぇか、馬鹿ヤロウ。

(エロいことが男の全てじゃないよ、仁王くん!)






「おー柳生。何か用か?」




声の主は王子様集団の柳生くんだったようで。
柳生くんも仁王くんと同じくらい有名な人だ。
仁王くんとはダブルスのパートナーで、よく変装して入れ替わって行動している事もあるみたいだ。
顔も仁王くんと似ている、というのを聞いたことがある。




「今?今…まだ体育館の裏におるけぇ…」




どうやら柳生くんに居場所を聞かれているみたいだ。
なんか…





仁王くんの言ったセリフ自体に罪悪感を感じる。





最後のトーンが尻すぼみになって、どことなく元気がなさそうに聞こえた。
仁王くんを見ると、しゅん、と項垂れて思いっきり猫背。
よくよく見ると、眉毛がハの字に垂れ下がっている。

(な…なんなんだ!仁王くん!!)






さんが来んのよ」






「さん」!?
えーーうっそぉ!!仁王くん、女の子に対して「さん」付けするんだ!
だって、あんたファンの女の子は普通に呼び捨てしてんじゃん!
知らない女の子はちゃんと「さん」付けするんだ!
あの温和なお顔の幸村だって、しょっぱなから「」って呼び捨てだったのに、仁王くんってば「さん」付け!!?
れ、礼儀正しいよ!仁王君!!

(手紙といい、意外すぎる!仁王くん!!)






仁王くんは小さくため息をついて、小さくポツリと(聞き取りにくい!)こう呟いた。




「俺、振られてしもうたんかのう…」





えーーーーーーーー!!!?
なんて後ろ向き発言!!!!
仁王くんが後ろ向きに物を考えてる!!!
や、仁王くんがネガティブっていうのが想像できなくって…
だって仁王くんといえばミステリアスでミステリアスで何考えてんのかわかんなくてあーもう!

(今、起こってる現実にあたしの頭の方がついてけねぇよ!仁王くん!!)




「だって…」




一人、パニックに陥っているあたしを尻目に仁王くんは話し始めた。
小さな声で、もう本当に聞き取り辛かったけど。小さく「だって」て言ってた。
何が「だって」なのかはわからないけど、





鼻をすする音が聞こえた。





恐る恐るもう一度、仁王くんの顔をうかがってみると。






もう、ごめんなさい。
わたし、なにか悪いことしましたか?
なんだ、この罪悪感。
小さい時に「いーけないんだ、いけないんだー」と指を指されて責められた気分は。




なんと、彼。




仁王雅治は






泣いていたのだ。







鼻をすすって、セーターの長い裾で涙を拭って、所々口から「はひゅっ」て空気が漏れる音が。





に…仁王くんが泣いてる…






あ、あの仁王くんが。
ミステリアスで何考えてんのかよくわかんない、仁王くんが。
幸村と同属の仁王くんが、





泣いてるよ!









「だ…だって…ブン太がっ…」



丸井が何!!?



さんが…っ手紙…笑って…たって…」



あんの丸いブタぁ!!!余計な事言ってんじゃねぇ!



「それにっ…幸村が…」



幸村が何!!?



「俺みたいなんは…イヤじゃって…さんがっ…」



あんのエセ王子ぃ!!!余計な事言ってんじゃねぇ!

つーかあたしはあんたに、そんな事を言った覚えはねぇ!!!






なんか、あたしってば身から出た錆とは言えすっごい悪者じゃん!
確かに今朝は友達と一緒に手紙について笑いまくってたし、仁王くんも苦手だった!
でも、でもさ。




今、見てる仁王くんと話で聞く仁王くんと全然違うしさ。
見る目が変わったって言うかさ。
仁王くんは思ってた人間と全然違うって言うかさ。
やーもう。何が言いたいかって言うと




新しい仁王くん像を構築しないといけないね。




固定観念であたしも見てたからさ、頭をクリアにして仁王像(お、えらくいかついな)をリプロダクトだ。うん。
今の仁王くんは正直、嫌いじゃない。
むしろ好感。
性格も、ミステリアスとはほど遠い。
むしろ、ヘ






「俺みたいなヘタレは好かんってさんが言うとったて…幸村が言うとったもん!」







………………。




セイセイセーイ!
正直、突っ込みどころ満載の一言だけど
(例えば急に荒げた声は意外に幼かった、とか、最後の語尾に思わずキュンと来たとか)





あたしはヘタレが嫌いとは一言も申しておりません!!!





大好物でこざいますよ!
あたしの周りの人間には、もちろん幸村にも、あたしのへタレ好きは浸透してるってのに…
あの野郎…適当なこと言いやがって!
幸村ぁ!あんたのせいで仁王くん、泣いちゃったでしょうが!




あぁあぁあ〜…仁王くん、泣かないで!
て、鼻水!!鼻水をセーターで拭いてはイケマセン!
後でカピカピになりますよ!!
別にあたし仁王くんのこと、嫌いじゃないからね?
ていうか、むしろ仁王くんのこと好きだよ?
イケメンでヘタレなんてむしろ大歓迎ですよ?
だから、仁王くんはあたしにとって本当に何でも揃ってる、まさに理想的な人で…






て。







セイセイセーイ!


心変わり、早すぎるだろ!あたし!!
さっきまで、仁王くんのこと怖いとか言ってたくせに、なんなんだ!
尻が軽すぎませんか!?あたし!!!




でも、何だ…




いま、すっごく仁王くんにときめいています。
あたしに放置されてフラれたのではないか、とわんわん泣く姿にキュン。
幸村の話を真に受けて絶望の淵に追いやられている姿にキュン。
見た目に反して子供のような語尾にキュン。






仁王くんのダメっぷりにキュン死にしちゃいそうです。








「うん…うん…もうちょっと…ずっ…待ってみる…」






どうやら、柳生くんにあたしを待つように説得されたようです。
すん、すん、と鼻水をすすって泣く仁王くんはさながら女の子のようで。
あたしなんかよりも、ずっと可愛く泣けるっていうのがちょっと悲しくもあり、萌ポイントでもあり。


そろそろ、仁王くんの所へ行ってあげないと本気で落ち込みそうだ。
なんかすでにジメジメしたキノコが仁王くんの背中にへばり付いてるのが見える。
もうちょっと待ってみるとは言ったものの、果たしてあたしが来るのかなんて、仁王くんは知らないんだもんな。
用具入れに対して背中を向けている仁王くん。
猫背がこんなに哀愁漂うものだなんて思わなかったよ。


仁王くん…あなたって人はなんて。






なんて素敵なヘタレなんだ。(キュン)






あたしは用具入れの陰からひょこっと姿を出すことにした。
仁王くんは相も変わらず後ろを向いているので、わたしが居る事に気づいていないようだ。
ケホッっと咳き込む仁王くん。時折、嗚咽が混じっている。
まだ泣いてるみたい。



あたしは足音を立てずに、そろりそろり、と仁王くんに近寄る。
仁王くんは後ろを向いたまま。(そろそろ気づいてもいいんじゃない?)





仁王くんとの距離、1メートル。





まだ仁王くんは気づいてない。
この距離だと、独り言をブツブツ言ってるのも丸聞こえなんですが。
「もう、どうでもええ」(おい)とか「フラれとうない」(矛盾してる)とか「さん、かわええのぅ。好きじゃー」(キュン)とか。




て、ずっとキュンキュンときめいててもいいのだけれど、そろそろ仁王くんの所へ言ってあげないと、
ヘタレの仁王くんに愛想を尽かされてしまう。(ヘタレだから、多分それはないと思うけど)



ちょっと可愛そうになって来たので、あたしは声をかけることにした。







「仁王くん」








すると、どうだ。
仁王くんがさっきまでぶつくさ言ってた独り言がぴたっと止まってるではないか。
それと同時に、仁王くんの背筋はしゃんと伸びたではないか。



それから仁王くんはさっきから鼻水を拭いてたセーターで、ごしごし涙を拭き、
一度、鼻水をすすってから、ふぅっと一息ついて後ろを振り向いた。






目がウサギのように真っ赤だ。(キュン!)






そして、あたしを見下ろすとホッとしたように微笑んだ。(なんだ、この可愛さは!)




「ゴメンね。遅くなって」

「ええよ。呼び出したんはこっちじゃけぇ」






仁王くんは何故かニヒルに笑った。
きっと、幸村いわく「へタレが嫌いなあたし」に自分の性格を悟られまい、と必死に自分を作ってるんだろう。(もうバレてるっつーの)
本当にバカだなぁ、この人。
でも、裏を返せばそこまでするほど、あたしが好きなんだな。
またしても胸キュンです。







「手紙、読んでくれたかのう?」






本題突入。
仁王くんはオズオズとあたしの様子を伺うように聞いてきた。
そりゃ…手紙なんて古い、と笑い飛ばしてしまいましたからね。(本当にすいません)
機嫌を伺うのも無理はないですが…。

さっきのニヒルな笑いが台無しですよ、仁王くん。

今の出「ヘタレ嫌い」のあたしにヘタレが露見してしまいましたよ。(バカだぁ)
心配そうにあたしを見つめる瞳は鋭いけれども、ウサギの目みたいに可愛いものだった。



やばい。
惚れそう。
そして。






「読んだよ、仁王くん」









(いじめたくなりますよ、仁王くん。)








「手紙の内容、仁王くんの口からもう一度、お願いしていいかな?」















で、さっき(冒頭)の告白劇に至る。







まさか、へタレがあそこまで男の人に化けるなんて思ってなくって。
思わず仁王くんの中に男を見てしまった。
さすがはイケメン。
決める時は決めてくれる。




しかし、仁王くん。
相手がそこいらにいる女の子だったら、この方法は有効だったかもしれない。
でも相手はヘタレ大好きさん。
いくら格好よく決められても、さきほどのヘタレっぷりを見せられているので





むしろ逆効果です。




笑いが止まらない。
笑っちゃいけないのに、笑いそうだ。
仁王くんにとっては決死の告白だったのに、変に格好つけられてしまったから。
ヘタレなのに、無理して格好つけて。
ウサギ目で格好つけられても決まらないよ、仁王くん!






だ、ダメだ。
もうファンなんてクソ喰らえ!
あたしを簀巻きにでも何でもしやがれ、こんにゃろー!







あたしは何かもう、どうでもよくなって
大声を上げて笑ってしまった。
ただ、仁王くんが驚いてあたしを見て、何で?と訳が分からなさそうに眉をハの字に曲げて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
その顔もまた、本当にもうツボで、泣き出しそうな仁王くんには悪いけどあたしの笑いは止まりそうにない。



仁王くんは「もうダメじゃ…」とこの世の終わりのような顔をして、あたしの返事を待っている。
あたしはそんな仁王くんがおかしくて、でもキュンと来ていることは事実。





笑いが収まったらちゃんと面と向かって仁王くんとお話しよう。
本当はずっと物陰に隠れてたこと。
仁王くんの行動をずっと見ていたこと。
仁王くんの泣き顔を見たこと、可愛い言葉遣いもしっかり聞いてたこと。




「来ないかも」って不安にさせてごめんなさい、って謝ろう。

それから返事をしてあげよう。







「あたし、ヘタレの仁王くんの方が好きだな」








って。


ま る で だ め 男

でも、当分笑いが引っ込むことはないや。