育は嫌いじゃないけど、苦手だ。

50m走は真面目に走っても13秒台キープだし、ボール投げは10mと飛ばないし、機械体操なんて未知の領域。

唯一出来るのは女の子の遊びでもある鉄棒となわとびだけ。

鉄棒は中学に入ったら授業でやらなくなったけど、なわとびは冬になると必ずやる。(持久走の後にやるのは何でだろう)

持久走では全く見せ場がないわたしだけれど、なわとびになると一変。

クラスの注目の的。

二重跳びはもちろん、はやぶさ・クロス・果ては3重跳びまでマスターしてるんだから。(えっへん!)

三重跳びができるのは女子でもわ・た・し!だけだもんねっ!(えっへん!!)

小さい時から、ずーっとなわとびと鉄棒だけは練習してたんだもん。これだけは絶対に負けられない。










て、そんなこと今言ってる場合じゃないんだよね。

なんてったって今は体育の真っ最中。

春だというのに、1000mも走らされています。

なんでもスポーツテストで図ってない人が走らなきゃいけないんだとか。

わたし?もちろん走ってないよ。

だって友達やクラスの子だけだったらいいけど、スポーツテストみたいに全学年ごっちゃでだよ?

知らない子と走って足遅いの露見したくないもん。

だったら予備日(しかも放課後)に人知れず、走った方が余計な恥かかなくていいもん。








「がんばれ亀足ー!」









亀足とはわたしのあだ名。

足が亀並みに遅いから、男子が勝手にそう呼んでる。

当たってるから否定は出来ないけど、いざ呼ばれると恥ずかしいし、こんな自分が惨めになる。






ちなみにわたしはまだトラック2周しかしていない。

今から3周目ってとこ。1周が200mだから、まだ400mしか走ってない。

今の時点で2分45秒経過。

トップとの差は200m…そうだよ。周回遅れだよ!

今、隣を颯爽とブラジリアン・ジャッカル桑原くんが通り過ぎて行った。

ジャッカル…いや。ここはあえて発音良くジャッコーと呼ばせていただこう。

ジャッコー含めテニス部員はスポーツテストの日にテニスの試合があったらしく、タイムを計っていないらしい。

で、他のテニス部員はわたしより前に走って、すでに練習に行ってるらしいけど、

ジャッコーは委員会があって今、わたしを含む他のスポーツテストで走っていない子たちと走っている。

ちなみに、わたしと一緒に走っているメンバーは男子も女子も全員運動部。

わたしと同じ帰宅部員は誰一人としていない。






ジャッコーが通り過ぎてから続々と運動部の男子が、その後を運動部の女子がわたしの横を通り過ぎていく。

とくに女子はわたしの肩をポンっと叩いて「ガンバレ」なんて声をかけてくれるから、自分の足の遅さにホント嫌気が差してくる。

今日に限ってわたしと一緒に走ってる人たちは、なんで運動部だらけなんだ?

いつもは髪の毛クルクル、爪がやたらと長い眉毛のない女の子と一緒なのにさ。

だからちょっと、気分が楽だったのにさ。

なに?このイジメ的人選。

わたし、なんか悪いことした?

足が遅いだけで、なんでこんな惨めな思いしなきゃなんないの?泣きそうだよ。







わたしが3周目を終えるときのタイムはちょうど4分00秒。

わたしがゼーゼー言いながら3周目を終えたと同時に、トップのジャッコーはゴールしやがった。

しかも息一つ乱すことなく!(チクショー!)

なんだよ、ジャッコー!人間かよ、ジャッコー!!ありえねぇよ、ジャッコー!!!



思わず顔をしかめてゴールしたてのジャッコーを見る。

その清清しい顔といったら、可愛さも余らず憎さ100倍ったらない。

それでも、この苦しみからいち早く抜け出せていーなー、だとか、くそぅジャッコーの分際で生意気な!とかいろんな思いが交錯していくんだけれども

そんなこと思ってるほど余裕があるわけでもなくて。

フと気がつくとわたしが4週目を終えるころには、全員ゴールしていた。

5週目に突入するころ、タイムはジャスト5分。

「ラストだぞー頑張れよー」と先生の声。

「亀足ぃ、もっと真面目に走れー!」という男子の野次。



ラスト1周なのに頑張ろうという気が起こらない。

やたらと足が重く感じる。

恥ずかしい。

予備日に人知れず走って、いらない恥をかかない方がいいだって?そんなこと言ったのは誰だい!?

(アタシダヨ!!!!!)







バカじゃん、わたし。

普通に走ってたほうが恥かかなかったよ。

足、遅いくせにズルして休んで予備日に走ればいーやって思ったわたしがバカだった。

だからバチが当たったんだ。







一人で走るって辛いな。

独走状態のマラソンランナーも一人で走ることは辛いって言うけど…最後尾を走るランナーもすっごいイヤだと思うんだよね。

恥ずかしいし、みっともないし。

わたしがゴールするころにはみんな居ないんだろうな。

先生だけがそこに居て、「お前はやる気はあるんだかなぁ」っていう毎年お決まりの文句を言われるんだ。

(一応、真面目に走ってんだけどね。)

こう毎年毎年、言われると本当泣けてくる。

自分の足がこんなに遅いなんて、悔しくて惨めで泣けてくる。

どうしてわたしは、足がこんなに遅いんだろう。

いくら頑張っても鉄棒やなわとびみたいにどうして上手くならないんだろう。

他のことにしてもそう。なんでちっとも上手くならないんだろう。

これだから体育は嫌だ。やってもやっても、他の勉強みたいにちっとも上達しないんだもん。





「あっ」




5週目の半ば。ラスト150mくらいの所で、わたしは盛大にこけた。

足がもつれて、顔からべシャッとトラックの上に倒れた。

そりゃぁ、もう。カエルがべちゃっとつぶされたかのような、きれいな倒れ方。

顔がジンジンするし、短パンから出てる膝が無性に痛い。きっとすりむいたんだろうな。

なんだろう。起きる気力が全く起きない。

このまま、倒れて棄権っていうのもいいかも。

惨めなわたしにはお似合いだ。足、遅いくせにさらにこけちゃってさ。

みんな笑ってるって決まってる。

このまま、倒れたまま動かなくなっちゃえば、体の調子が悪いってことで。足が遅いのもそれが理由だってことにしてくれないかなぁ。

3年間ずっと、遅いままだからそんなことしても意味ないけど。





もーやだ。もー走りたくない。おうち帰りたい。








自暴自棄になっていると、いきなり両腕をがっと掴まれて持ち上げられた。

その瞬間、足がちょっと浮いて一瞬空でも飛んでるのかな?と思った。

それもつかの間、今度はしっかり地に足を付け立たされた。体の重みで膝の痛みがズクン、と倍増した。





「大丈夫か?派手に転んだみてぇだけど」






ぱんぱん、と砂ボコリを払ってくれているのはなんと。

1位通過したジャッコーだった。

ジャッコーは小さな子どもにしてあげるかのように、わたしについた砂ボコリをパンパンと払っていく。

途中、やらしい場所(お尻とか胸とか)タッチされたけど「セクハラですよ、ジャッコーさん」なんて言う元気もなく。



わたしの目からは涙がぼたぼたと、棚から牡丹餅(使い方違うけど…まーいーや)のように落ちていった。


ジャッコーはそんなわたしを見て、「おい!どうした!?」と慌てて、オロオロしてたけどなんてことはない。





ものすんごい、「こけた」っていう今の状態が恥ずかしかっただけで。

恥ずかしいから、さっさと1000m走を終わらせたかっただけで。

それでもみじめさは払拭されなくて。

みんな、わたしのこと「足遅い」とか言って笑ってたら、と思うと無性に悔しくて。

で、ものすごい恥ずかしいしみじめだし、悔しい境地に立たされてたときに、ジャッコーがママンみたいに優しくしてくれたから。





つい、甘えてみたくなっただけ。





わたしの涙腺はジャッコーにより破壊され、ダムが決壊したかのように涙が止まらない。

涙を流すだけじゃ収まらなくて、わたしはデパートでだだをこねてる子どもみたいにわんわん泣き叫んだ。





「い〜だ〜い〜!!!!!!ひざ、いだいぃぃい!!!!」






ジャッコーもジャッコーで、いきなり泣き叫ぶわたしに対して全く動じない。

まぁ…テニス部はキャラ濃いからな。

わたしなんか、彼らに比べて影なんか全然薄いんだろうな。






「うわ…………その膝、大丈夫か?」

「は〜し〜れ〜な〜い〜!!!!!」

「だよなぁ…」






わたしの両膝はもう、ものすごくすりむいていて、絶対膿むこと間違いなし、な傷だった。

こんな足で走れないし、走りたくない。

歩くのも精一杯だ。





子どものように泣き喚くわたしに対して、ジャッコーは面倒見のいい近所のお兄さんのように、

わたしを優しくあやしてくれる。

頭を撫でてくれる大きな手のひらは、ジャッコーのくせしてなぜだか癒しを与えてくれる。







「ここで、リタイアしたらまた1から走りなおしだぞ」

「それもやぁ〜だぁ〜!!!!!」

「だったら走れ。走るのがしんどかったら歩いてもいいから」

「……足、痛いもん…走れないもん…どうせ遅いもん…」

「遅くても。やり遂げる事が大事だろ?」







ジャッコーのくせに生意気な。

なんでそんないいこと言いやがるんだ。ちくしょうめ。

不覚にもちょっぴり感動したじゃないか。ちくしょうめ。

走らなきゃって思っちゃったじゃん。







「俺も一緒に走るから。頑張れ」








なんだよ。なんだよ。ジャッコーのくせに。

なんて面倒見がいいんだ、こんちくしょう。

や。面倒見っつーか、なんて胸キュンポイントを付いてくるんだ。


これが、真田くんなら多分胸キュンなんてしないんだろうけど
(言われたとしても、先生に励まされてる気分になりそう)

幸村くんとか仁王くんとか丸井くんとかに言われたんだったら確実惚れるね。
(絶対、言わないだろうけど。なんやかんやであの人たちは人に構わないから)





ジャッカルに付き添われて、わたしはべそをかきながら走った。

もう、ほとんど歩くに近かったけど、ジャッコーは文句も言わずにわたしに歩調を合わせてくれていた。

それどころか「がんばれ」と何回も何回もわたしを励ましてくれるもんだから、涙がちっとも止まらない。

鼻水のオプションまで付いてきやがった。




ジャッコーは優しい。しかも、その優しさに見返りがない。

人に対してとても献身的なんだ。







「いいお嫁ざんになるよ…」

「……せめてお婿さんって言ってくれよ」




そう口では嫌がるジャッコーだけど、ちっとも顔は嫌がってなくって

優しそうな笑顔だった。





それを見たときに


こんな、お兄ちゃんがいたらいーなー。


いや。






こんな彼氏がいたらいーなー。




と、普通に思ってしまった。







(ジャッカル相手にときめいちゃったよ!あたし!!!)