ホームルームの時間に室長を決めるらしい。立候補したのは出しゃばり切原くん。
けれど一部の人間から、切原くんじゃ心配だ、という理由で自分で言うのもなんだけど、成績優秀・品行方正なわたしが推薦された。
切原くんは対抗馬として当てられたのがわたしでは不服なようで、「もっと華のある人間はいねぇのかよ」と唇を尖らせた。
たしかにわたしは地味だけど、切原くんのように華やかさには欠けるけれど、知力、統率力、発言力、そして説得力はわたしの方が上だ。
もちろん、考え方もわたしの方がうんとまともだし真面目。
自慢じゃないけど、わたしは結構したたかな人間だ。
全てにおいて理屈から考えるし、何が自分にとってメリットなのかデメリットなのかも考えてから動く。
今回、室長に推薦されたときも、特にメリットは感じなかったけれど、切原が出ると聞いたとき、恨みを晴らすチャンスだと思って引き受けたのだ。
ちなみに、わたしが抱く切原への恨みとは。そう。
初めて同じクラスになった時に、面と向かって「お前、ペチャパイの上に鼻ペチャだな」と言われた。
その当時は、わたしはヤツのことをよく知らなかったから、少なからずともよく思っていた。
顔とかけっこうタイプだったし、爽やかな少年らしい笑顔とかどストライクだった。
けれども、彼のわたしへのファースト・コンタクトはこう来たもんだ。
彼への憧れにも似た情はガラガラと音を立てて崩れ去り、そこはかとなく激しい憎悪が腹の中に渦巻いてきた。
そこからわたしは切原が大嫌いだ。地球上から消えて無くなれ。
一族諸とも吹っ飛んでしまえ。
根絶やしにされちまえ。死んで償え。
などなど考えるドス黒い自分がいるわけだけれども、「いい子ちゃん」のわたしにはそんな事言えるわけもなく。
や、言っても何のメリットもないし。
こんなんで周りに対する今までのわたしの評価を下げられたくないし。
ここはあえて平静を保もち、「そうだね。切原くんの言うとおりだね」とにっこり笑って受け流した。(さっすがわたし!)
今回、わたしが室長になれば彼はわたしよりも格下であることを認めざるを得ないだろう。
いくら人望があったとしても、それを統率する力がなければ真にリーダーとは言えない。
はっきり言って切原くんにはそれがない。
けれども、わたしにはそれがある。これは自負ではない。
確信だ。
わたしは彼より人望はないけれど、人の上に立てる器量は持ち合わせている。
そのことをクラスのみんなはわかっているから、こうしてわたしを推しているのだ。
クラス投票は白い紙に記名し、回収した票を開示し、正の字で黒板に記していく。
至ってシンプルなもの。
もちろん、候補者自身も投票可能。
ま、大概の人間は自分の名前を書くだろうけれど、そこはわたし。
あえて自分の名前は書かなかったの。
わたしは優しいから、ちゃんと「切腹赤也」と書いておいた。
…無効票になったけど。
結果、大差でわたしが室長に選出された。
こういう時、やっぱり日頃からコツコツ信頼を得ていると有利に働くものね。
ざまぁみろ、切原赤也。
室長になった喜びよりも(そもそもなりたかったわけじゃないし)、切原に勝てた喜びで心の中でマイム・マイム・マイムを一人で踊って浮かれるわたし。
もちろん、外にはそんな態度1ミクロンも出さず、「そんな…わたしにできるかな?」と不安一杯な一優等生を演じる。
「納得できねぇ!」と一人で騒ぐ切原に超・優越感。
所詮、あんたとわたしではレベルが違うのよ。次元が違うの。
あんたが孫悟空なら、わたしは悟空を転がすお釈迦様。
そのくらいわたしとあんたはかけ離れてるの。月とスッポン。
さらに切原を貶めるべく「室長は切原くんがやるべきだよ」とみんなの前で謙遜してみる。
すると、みんなが「いやいや。切原に任せるとクラス大崩壊だから」とか「行事は盛り上がるだろうけど、普段の仕事はやりなさそう」とか。
クラスの本音がポロポロと。(しかもあながち、間違ってないと思う。クラスメイトって人のことよく見てんのね)
すると、切原はクラスメイトの言いたい放題な状態にぶち切れたのか、「うるせーぞ!」と一喝。
切原がキレるのは日常茶飯事なので、クラスメイトも「切原がキレたぞー」と流し気味。
矛先はクラスメイトから、わたしに向かい、切原は興奮して声を荒げてこう言った。
「だいたいテメェ!いちいち勘に障る言い方しやがって!なーにが『切原くんが室長したらいい』だぁ!?地味女のくせにしゃしゃりでやがってマジウゼェ!!」
おーう。
なかなか辛辣なお言葉、ありがとうございます。
でも残念。
わたしはあんたの言葉で傷つくほどヤワな女ではありません。むしろ腹立たしい。
これはわたしへの挑戦ととってもよろしいのですね?えぇ、そうですね?
わたしを嘗めてかかると後悔するよ。
目に思いっきり力を込める。
瞬きなんかせず、ただただ切原の顔をじっと見て。
目が乾いてきて痛くなってきた。
ヒリヒリ痛み、視界がぼやける。あ、いい感じ。
鼻も詰まってきた。
ここで歯をカタカタ言わせて、嗚咽を飲み込むような仕草をして、
「…ひ…ひど…い…」
涙を一滴垂らす。
完っっっっ璧。
その証拠に、クラスがどよめき「切原が泣かせたー!」「いーけーなーいーんーだー」「先生に言ってやろー」と避難轟々。
側に居た先生も「切原ーその言い方は先生も賛成できないぞー」と騙されてくれるもんだから、
不覚にも口元に宛がったタオルの下でうっすら笑ってしまった。
「泣くなよ!わかったよ!副室長でいいよ!」とさすがにわたしが泣き出したのは予想外だったようで、切原も慌てている。
わたしに近寄って、「言い過ぎたから。悪かったよ」と謝罪する。
今まで態度が尊大だったのに、まるで腫れ物に触るかのようにわたしに話しかけてくる様子は本当、ウケる。
ヤバい。チョロい。切原、チョロすぎる。
「これから、がんばろうね」と嗚咽混じり(演技)で控えめに言うと、「お…おぉ」と煮え切らないけれども、押し切られてしまった返事を返す切原。
こうして、室長になったわたしは切原をこてんぱんに伸すことに成功した。
そして
「切原くん。今日の委員会なんだけどね」
「んなめんどくせーもん出るか…」
「うっ…うぅ…がんばろって…言ったのに」
「なっななな泣くなよ!わかったよ行きゃーいいんだろ!」
「うん。お願いね」
正しい切原の使い方のマスターしたのだ。
ほら、バカとハサミは使いようって言うじゃない?