験の時間の仁王くんはどうしようもなくかっこ悪かったと思う。

仁王くんと組んでいるのがわたしで本当、よかった。ほかの女子だったらこうは行かなかったよ、きっと。
カエルの解剖中にぶっ倒れて、保健室に担ぎ込まれる仁王くんは本当かっこ悪いなぁ、と思った。
しかも解剖していたのはわたしであって、仁王くんはスケッチ担当だったんだけどね。
解剖を開始する前からこの日、顔色が優れなかった仁王君。理科の時間が近付くにつれて、その顔色の変化は顕著になり、実験が始まるころには顔は真っ白になっていた。「気分悪いの?」と聞いたら「そんなことはなか!」と仁王くんらしからぬ大きな声でわたしに怒鳴る。びっくりして唖然としていたわたしだけど、仁王くんの肩がワナワナと震えていて、眉間にシワを寄せているところから、ある程度推測は出来た。「仁王雅治は解剖実験が嫌い」ってね。
麻酔でダランと死んだように寝ているカエルを先生から配られたとき、仁王くんが小さく「ひぃ」と唸った。このことからさっきの仮説は確定的事項となったのだけれども。先生からメスを渡され、まぁイタズラ半分で仁王くんに「はい。仁王くん」とメスを渡すと、ぶんぶんと首を横に振って、手も前につき出して一緒にブンブン振っている。泣きそうな目で必死にわたしからメスを取るのを拒否している。
「じゃ、あたしお腹開くから。仁王くんスケッチして」と、言うとホッとしたように「任せんしゃい」と答えてくれた仁王くんの破顔した表情は本当情けない。わたしがファンじゃなくてよかったね。
開腹すると、やはり麻酔が効いています。心臓がドックンドックン言って動いています。ぶっちゃけ言うとグロテスクです。
仁王くんはと言うと、「任せろ」と言ったわりにスケッチするその手はすっかり止まってしまい、硬直しています。鼻と鼻の下には汗がブワッと噴出しています。脂汗なんだと思う。仁王くんのスケッチを見ると、なかなかグロテスクにカエルの内臓…開腹されて内臓丸出しにしている哀愁と悲哀溢れるカエルの姿が描かれていた。未完成ながら、本当自分たちが可哀想なことしてるんだな、と思うようなスケッチだった。ちゃんと、埋めてお線香もあげなくてはいけない気がしてくるスケッチだった。
「……仁王くん。全部書いちゃわないと」わたしが、呼びかけるけれども返事はない。「仁王くん?」ともう一度わたしが話しかけるけれども、返事はない。かちんこちんに固まったまま。仁王くんの腕を掴んでゆさゆさ揺らしてみると。ふらっとそのまま仁王くんは傾いて、椅子に身体がぶつかったり、机に身体をぶつけたり、と物凄い音を立てて倒れてしまった。仁王くんはどうやらずっと、失神してたようだ。

仁王くんを背中におぶって(思いのほか軽かったので担げた)保健室に連れて行くと、保健の先生が唖然としてわたしたちを見ていた。


授業が終わったころにもう一度、仁王くんの様子を見に行くと、仁王くんは起きていた。いまだに顔は真っ青だったけど、実験中より大丈夫そうだった。「…実験どうなった?」力なく聞いてくる仁王くんに「大丈夫。続き描いといたから」と答える。仁王くんは心のソコから詫びるように「ほんとにすまん」と力なく言った。「俺。あーゆーの苦手なんじゃ」とカミングアウト。「うん。なんとなくそうじゃないかとは思ってた」と返す。仁王くんは「なんじゃ…バレとったんか」と苦笑。そりゃ、気づかない方がどうかしてるよ。「まぁ。苦手なものって人それぞれだし。程度も人それぞれだから。ていいんじゃない?」と、いうわたしのセリフに仁王くんはキョトンとして。その後、うっすらと笑った。



「ありがとう」仁王くんはわたしに微笑みかけてこう言った。