7日間の試用期間








「俺、さんが好きなんだよね」と、わたしをテニス部の部室に呼び出し、こうさらりと言ってのけられたのは、我らが貴公子こと立海大附属中学テニス部部長のであられる幸村精市様、御人で、まるで呼吸をするかのように部室に入るなり、彼はわたしにそう告げられたのです。あまりにも自然な告白劇にわたしは思わず「はぁ作用で御座いますか」としか返せず、今起きたことを普通に山の中を流れる清流のようにサラサラ流すしか出来ませんでした。
 





「ちょっと。人が告白してるんだから。それはないんじゃない?」




と、わたしに対する返事がお気に召さなかった幸村くんが苦笑しながら放ったこの威力抜群のダイナマイトに、わたしはもろ当たってしまったようです。さっきまで、正常に動いていた皺の少ないわたしの脳みそはピタリと廃業してしまった工場のように、思考の生産ラインがストップしてしまったみたいです。





え?幸村くんってさっき何言ったんだっけ?わたしのこと好きって?え?それって告白だったの?え?え?だって幸村くん、めちゃくちゃさらっと言い過ぎだからてっきり冗談、あ。きっと冗談だ。夢だ。白昼夢だ。そうかそうか。ははは。





あまりに混乱して現実逃避を計ろうとするわたしに向かって、ニコニコ笑って幸村くんは「信じてないでしょ?本気だからね」とさらに核爆弾を投下。わたしの思考は完全に停止してしまったようです。全く、核実験をするなら何もないところでやって欲しいものです。
わたしの中の工場が吹き飛んでしまったではないですか。止まるどころか、木っ端微塵ですよ。これで納期に品物を搬入できなかったら確実、幸村くんが落とした核爆弾のせいだ。核投下だなんて国家を巻き込む問題だよ?国際問題だよ?

全く働かない頭で一人で、賢明に現状把握に努めるわたしに幸村くんは「あはは。さん、顔真っ赤」とのたまい、最後に可愛いね、と付け足す幸村くんの方がよっぽど綺麗ですよ。て、いうか幸村くんに、こっ…こここここ…こくっ…こくは…こくはく(改まって言うの恥ずかC!)されて真っ赤にならない人間がいれば是非ともお会いしたいものですよ。だって、あの幸村くん。されど幸村くん、腐っても幸村くん。世の女の子たちを魅了する幸村くんが相手だし、何よりも告白されるのが初めての人間なんですから。それだけでも赤面ものですってばよ。幸村くんは笑顔を保ったまま、更なる追い打ちをわたしにかけます。






「で、返事は?」




へげっ!?返事!!?もう聞いちゃうの?返事、もう聞いちゃうの?てかてか、わたし、幸村くんのこと知ってるけどさ、そんな喋ったことないよね!!?去年、同じクラスだったけど、隣の席になったこともないし、接点なんか元クラスメイトっていうくらいで、他には何もないよね?だから、いきなりそんなこと言われてもさ。







「わっ…わかりません…」







て、言うしかないじゃないですか。幸村くんのこと好きかって言われたら好きかもしれないし、嫌いかもしれない。幸村くんって人のことをよく知らないから、返事が欲しいと言われても困ってしまいます。付き合うにしても、ひょっとしたら性格が合わないかもしれないし。付き合わないにしても…







さん、勿体無いと思わない?こーんな顔もよくてテニスも強くて人望がある男が告白してるんだよ?」






幸村くんが、自嘲混じりに笑ってわたしを誘惑します。自分で自分を誉め称えても鼻につかないなんて、流れる石、「流石」幸村くんですね。でも、全く以て仰る通りですよ、幸村くん。「無理ですごめんなさい」と言ってしまえば、なんとなく損をした気分になるのです。それはきっと、幸村くんが格好いいから、としか言いようがありません。何やかんやで、やっぱり、お付き合いをするなら姿形が整った殿方と、と考えるのは世の常だと思うのです。逃した魚のデカさを後々実感し、後悔すると思うのです。

でも、そうは言っても、ほとんど見ず知らずの人とお付き合いするのもどうかなぁ?と。そんな人とお付き合いすることによって、なんかわたしのお尻がネズミさんがいる遊園地のアヒルさんのお尻のように、軽やかだ、と思われるのも嫌なのです。




あー…悩む。
これ、人生の中で一番究極的な二択かも。





なかなか答えを出さないわたしに、痺れを切らした幸村くんは「じゃあさ」と話しかけ、一つの提案をされました。






「試しに俺と付き合ってみようよ」




と。



ニッコリ笑って幸村くんは続けます。






「今日から1週間、期間限定で俺と付き合ってよ」





期間限定、ですか。1週間、ですか。
どうして?なんのために?
わたしが小首を傾げて「はぁ」と曖昧にお返事申し上げると、幸村くんもわたしと一緒の方向に小首を傾げてまた笑われました。





「お互いにメリットはあると思うんだ。俺はさんが好きだから、一緒に居たい。それと、さんは俺という人間がどんなものなのか、知ることが出来る」





親切かつ丁寧な説明を受けてもやっぱりわたしの口から出てくるのは「はぁ」という相づちだけで。幸村くんの言われたことをいちいち噛み砕いて理解するかのように、バカの一つ覚えみたいに何度も「はぁ」と呟いてみます。そんなわたしを見て、依然として笑ったままの幸村くんは「やっぱり可愛いなぁ」とサラリとおっしゃられます。きっと幸村くんだから、連呼することを許されるのかもしれません。魔法の言葉と言うか、なんと言うか。不思議と「わたしって可愛いんじゃね?」と思わせるような。説得力があるような、ないような。





「ね?いい考えだと思うんだけど」





どうかな?と今度は逆方向に首を傾げる幸村くんの仕草はまるで女の子で。さっきから出てくる可愛い可愛いとわたしに連発する幸村くんの方が、よっぽど可愛いですよこんちくしょうめが。悔しさを感じないのは幸村くんが一般人より断然容姿が整っているからでしょう。幸村くんの提案に対し、「ええっと」という言葉がポロリと口からついて出てしまいます。優柔不断で何事も答えを出し渋るわたしの性格が実によく現れている言葉です。









一体、何を迷うことがあるんだ、
幸村くんは考える猶予を与えてくれているんだぞ、
1週間だけど、プリンス幸村くんとお付き合いできるし、ひょっとしたら事に寄れば、今後とも仲良くして頂けるかもしれないんだぞ、
誰にでも優しくて穏やかな幸村くんだ、しかも、向こうから好きだと言ってきている!モノにしたら結構長続きするぞ!チャンスじゃないか、!!






いやいや。
ここでオッケー出せば所詮お前は顔で人を選んでいると露呈していることになるぞ、
よく考えるんだ、
幸村くんは雲の上の存在だから、お前なんか歯牙にもかけてないぞ、
お前で遊んでるだけなんだ、!!






いやいや!
幸村くんは人を弄ぶような人じゃないぞ、!!





幸村くんの事を知りもしないで、どうしてそう言い切れる、!!!





だったら、幸村くんが遊んでる人間だってどうして判断できるんだ、!!!!






そんなの、彼は美形で有名人だから女の子に事の他、苦労していないしに決まってるじゃないか、!!!






は、そんなのお前の偏見じゃないか、確証を持って何事も考え発言したまえ、





そんなこと言ったらお前こそ、幸村くんが優しいなんて激しく固定観念だぞ、!!!
この間、幸村くんが真田くんをパシリにして、いちご牛乳買いに行かせてた所を見たじゃないか!
そこのとこは、どう考えるんだ、!!









だーーーーッ!鬱陶しいですよ、!こんなこと考えてても意味ないですよ、!要は何一つ幸村くんのことを理解してませんよ、!付き合う付き合わないの問題ですよ!




幸村くんの言うとおりお互いを知らないといけませんよ!でないと、返事の出しようがないじゃないですか、!!!



「え、えっと」


まずはやってみないとわからない。動かないことには何も始まらない。それから後の事を考えてもいいじゃないか、。幸いにも幸村くんは期限付きと言っている、退路も十分用意してくれているのだから。




幸村精市という人間が、どのような人物なのか。
この1週間で見極めてみようじゃないか。






「その、期限付きなら…チャレンジしてみます」






たったこの一言言うだけでも、すっごい手汗をかいております。人の告白にお応えするってすっごく緊張することなんですね、お母さん。

わたしの返事を聞いた幸村くんはと言うと、今までニコニコしていた顔が一瞬キョトンとなったかと思うと、「ありがとう」とふんわりとした柔らかい笑顔を浮かべておっしゃりました。いつも笑みを浮かべている幸村くんですが、こんな優しい笑顔は初めて見ました。これは、何か特別な意味があるのでしょうか。恋愛に無知なわたしには、その笑顔の意図することはわかりません。





「じゃあ…1週間よろしくね」と言って差し出された手、おそらく握手なのだと思われるのですが。如何せん、男の子の手を握るのは幼稚園以来で。手汗がさらにブワっと噴水の如く噴き出し、拭いても拭いても湧き出します。まるで泉の如し、です。いつまで経っても手を握ろうとしないわたしを見て、幸村くんはクスリと笑い、スカートで手を拭き続けるわたしの手のひらを掴み、





「うわっ。ほんとすごい汗だね」






なんて笑って言うから、さらに恥ずかしさと緊張と驚きで、ますます発汗してしまうじゃないですか。早く手を放してください、お願いします、汗が汗が汗が汗が汗がー!

そして心臓がーっ!!!





ダメだ、幸村くんとお付き合いとか心臓に悪いわ。1週間経つ前にわたしが死んじゃいますよ、コレ!





かくして、期間限定ではありますが。
わたし、と彼、幸村精市くんとのお付き合いが始まったのです。