さて、どうしたものか。

今、わたしの眼の前にいるのは恐れも多い氷帝学園の皇帝・跡部景吾さまなんだけれども、

跡部くんと言えば鉛筆からロケットまで様々な分野を手がける跡部財閥のおぼっちゃまで、

自身もその才能を遺憾なく、学園だけにとどまらず、様々な方面で発揮されていて、

氷帝学園始まって以来の天才と言われるほどの逸材であるからして、それ故に彼に対して一目おいている教師は少なくない。




さらに付け加えると、彼はギリシャ彫刻、わたし的にはミケランジェロ作のダンテ像と形容する方が好きなのだけれども、

まぁどっちでもいいんだけど、それらの美術品のように容姿は甚だ端麗にして、艶かしい。

簡単に言えばフェロモン王子ということなんですよ。

きっと彼は小さい時から身体の至るところにフェロモン生成工場を建築していて、

わんさかわんさか実働8時間シフト交代制で、24時間休むことなく製造しているんだ。

フェロモンの原料はきっと金。

自分の金(て、言っても多分、親からの莫大なるお小遣い、もしくは株)を以てして、フェロモンを作ってるんだ。









彼に対する情報で特筆すべきことは、まず語学力。

日本語・英語その他云々ができるらしく、それら外国の本を読むことを好むそうだ。

仮定形なのは周りの女子からの又聞きだから。

でも跡部くんのことだから、違和感はない。

アダム・スミスとかマルクスとか、経済系の古書を読んでてもなんら不思議なことはない。






第二にテニスがべらぼうに強いらしい。

べらぼうなんて普段使わないけど、あえて使わせていただきます。

なんか、もう「すごい」とかそんな域で片づけられるほどのレヴェルではないらしい。

きゃー跡部さまーと叫んでられるレヴェルでもないらしい。

見る者が固唾を飲み込み、彼の一足一打に魅了され、応援することも忘れ、試合を食い入るように見るらしい。

これも仮定形なのは、試合を見に行った女の子からの又聞きだから。









また、試合中だけでなく自分を魅せる能力、自己プロデュースとパフォーマンス能力に秀でている。


例えば部員100人を抱える氷帝テニス部による一連の「氷帝コール」を生み出したのも彼だとされているし、

なんてったって自分の一人称「俺様」だし。

普通、俺様なんて一人称使う人いないよ?

自分に敬語使うとか、自分で自分敬ってんじゃん。

どれだけ自分好きなんだろうね。

きっと彼の中のヒエラルキーは、トップは「俺様」で、後残りの下位層は「愚民ども」っていう地位づけなんだろうな。







で、さらにまた技の名前の一つ一つが派手かつ古い。

「破滅への輪舞曲」とか、跡部くんじゃなかったら、将来部屋で昔のアルバムなんか見てる時に、

「俺、青春時代にこんなだっせぇ技名つけて喜んでたんだ。恥ずかC!」てな感じにフと当時を思い出して、

恥ずかしくて部屋ん中のたうちまわっちゃうよ。

自分の人生の黒歴史を自分で作っちゃうなんて、それこそ人生の恥ずかしい汚点だよ。

やっぱり、自分に自信があるからこんな古くさくも耽美的な名前をつけられるんだと思う。

現に、跡部くんは大所帯のテニス部の部長でありながら、生徒会長もやってるし、ほら。








今だってわたしと廊下のお掃除を…














そう!















そうだった。

わたし、今跡部くんとお掃除してるんだった!

本当は芥川くんが掃除当番だったんだけど、寝くさりやがってて使いものにならない…

もとい、「一身上の都合で来れない」みたいだから、代わりに「心が広い俺様がジローに代わって手伝ってやる。感謝しろよ」ってことで、

跡部くんが代わりに掃除当番を引き受けてくれた。

本当、神様跡部様。

こんな、だだっ広い廊下を一人で掃除できるわけがない。

さすが金持ち学校だけあって、巨大な学校だから、掃除が大変だ。

金持ち学校なんだったら、清掃員雇えばいいのに。













話が脱線してしまいました。

で、一緒に廊下を掃除することになったわたしと跡部くんなんだけれども。













ちょっとしたアクシデントが発生しております。










や、実際そんなに大したことじゃないんだけれどさ。

いやいや、氷帝生にとっては由々しき問題、プローブレームなのかもしれない。

別にこの問題を解決しようとしなくてもいいのかもしれないし、いや。

ひょっとしたら積極的に問題に対して何かアクションを起こさない方がいいのかもしれない。






だって、その問題とは







今、眼の前でしゃかしゃか毛帚で床をはきながら、埃の鬱陶しさに舌打ちしまくってる跡部さまに纏わる物なんですから。











えぇ、跡部くんの身に起きていることだからすっごく言いにくいんだよね。

跡部くんじゃなくても、普通の人に対してでもこんなことが起こったら、指摘しにくいよ。

ちらり、と跡部くんの方を伺うと、だまだまに丸くなった埃が気持ち悪いみたいで、「ぅげ」と顔をしかめていた。

おぼっちゃまはお掃除なんかしないもんね。

帚で床を掃く時に下向くから気づくと思うんだけど…埃に夢中で逆に気づかないのかもしれない。

庶民の口からなんか、死んだって口にできないよ。


















跡部くん、社会の窓が開いてます、なんて。




















いい加減気付けよ、フェロモン男。

お前、その状態で何分いるんだっつーの。

少なくとも、わたしと掃除を始めた15分前からずっと開いてますよ。

埃に怒ってないで、自分のうっかりさ加減に怒ってください。

「俺様としたことが…」とかなんとか言って、開けっ放しである事に対して羞恥と憤りを感じやがれ。

なんで見てるこっちが恥ずかしい思いをせにゃならんのだ。

まるで、運動会で馬鹿やってケガしそうな息子をデジカメで取りながら、ハラハラ心配する親になったような。そんな気分だ。














「おい」











悶々と跡部くんのズボンのチャックに対して自分なりに葛藤していると、跡部くんが顔をのぞき込んでいた。

ぼーっと考えているときに、いきなりその見目麗しいお顔を拝顔したので、マジでびびった。

「ひぃっ」と悲鳴を上げ、後ずさってしまった。

別に跡部くんの顔じゃなくても、人の顔がこんな視近距離に入ってきたら誰でもびっくりするだろうけどさ。

跡部くんはわたしの態度が気に食わなかったのか、無礼とでも思われたのだろうか。

顔を思いっきり不機嫌そうにしかめた。













「塵、集めんだろうが」













くい、と跡部くんが顎の先でやった方向には、ちり取りが。

「ごみを集めたからちり取りを取って来い」ってことなんだろうか。

あぁ、はいはい、と跡部くんの言うとおりにちり取りを取って、跡部くんに手渡そうと「はい」と差し出したら、さらに嫌そうに顔をしかめた。









「てめぇ、この俺様に跪けってのか」








しかも、こんな埃の舞った床の上で。この俺様に体勢を低くしろとでもいうのか。













…ですよねー。

ゴミをちり取りの中に入れるがために、それを固定させるため、仕方がないとはいえ、

わたしなんかの前でかしづく体勢なんか死んでも御免ですよねー。

庶民の前でひざまずく体勢なんて取りたくないですよねー。

それに、跡部くんはちり取りを押さえててやるとか、ましてやちり取り取ってこいすら言ってませんよねー。

そもそも、跡部財閥のおぼっちゃまにお掃除をしていただけることだけでも感謝しないといけませんよねー。








はいはい、わかりましたよ。

と、跡部くんに差し出していた腕を引っ込めて、しぶしぶちり取りを床に固定するためにしゃがんだ。

そのワガママぶりに呆れちゃったよ疲れちゃったよ、という意味をこめてでっかいため息をつくと、

「いい度胸してんじゃねぇか」とほっぺたを思いっきりつねられた。

ちなみに、跡部くんとこんなスキンシップを思い取るのは初めてだ。

意外に砕けた人なのかもしれない。…痛かったけど。











「じゃあ跡部くんが帚で履いてね」









と、つねられてズキズキ痛む頬をさすりながら、跡部くんの顔を見ようと目線を上げると。















!!!!!


















顔、上げるんじゃなかった。

いや、さ。わたしと跡部くんの立ち位置がさ。

向かいあわせでさ、しかもわたしはしゃがんでて、跡部くんは眼の前に立ってるからさ。

ちょうどさ…












跡部くんの股間がさ。

チャックの開いた股間からおパンツが遠慮がちに「やぁ」ってわたしにフレンドリーに挨拶してるんだよね。














…盛り上がってるのがまるわかりだよ、こんちくしょう。

しっかりとは見えないけど、黒の下着(生地からしてボクサーパンツではなさそうだ)がわたしにボンジュール、コマンタレヴ?って聞いてるよ!

しっかり見えないけど、その…おパンツにしまわれたナニの形をこう…頭ん中で想像できるくらいに、見事な開きっぷりだよ!

お前、わざとだな?絶対わざとだな!?わざと開けっ放しにしてるとしか思えないぞ、跡部景吾!

自分だけじゃなくって、自分の分身にも自信があると、いうことなのか。

ここまでハイレベルなナルシストは初めてみたよ。

イタイを通り越して、いっそ好きになっちゃいそうだよ。













「人の股間をじろじろ見てんじゃねぇよ」









さすがにじっと一点を凝視しながらあれこれ考えていたのが悪かったのか、蔑んだ眼で見る跡部くんの目線が突き刺さる。

まるで痴女を見るかのように、変態を見るかのように、軽蔑の念を込めたその視線は、文字のごとく氷の槍だ。

言い知れぬプレッシャーをなぜか感じてしまう。

な、なんだよう。

そもそもチャック開けっ放しにしてわたしの前に立つから悪いんじゃん!

見られて嫌なら、最初からきちんとズボンのチャックは閉めてください。

なんでそんな眼で見られないといけないんですか!







なんか、このまま痴女扱いされても癪だし、

跡部くんがわたしとの一連の事態を万が一喋ったとしたら、全校生徒から変な眼で見られるに決まってる。

そんなのはイヤだ。

そっちの態度がそうなら、こっちだって考えがあるんだから。

せいぜい赤っ恥をかきやがれ。










「跡部くん」と呼びかけると、心底イヤそうに、差別するかのようにわたしを一瞥した。

態度悪いな腹立つな。

でも少しの辛抱だ。

次のセリフで、どかんと彼は恥をかくことになるんだから。



















「ズボンのチャック、開いてるんですけど」















言った。

言ってやったぜ

跡部景吾ともあろうものが、チャック全開でいばり散らしてるたぁ笑い種だぜっ!

みんな、笑ってやろうぜ!

「ナニ、お前。チャック開けっぱなわけ?ププーだっせぇー」ってさ!
















…て、笑い飛ばすなんて恐れ多くてできるわけないけどさ。(だって天下の跡部さまなんだから)

でも、優越感を感じるだけ感じてみてもいいですよね?

つか、感じたいんです。感じさせてください、お願いします。












わたしの発言に一瞬、きょとんとした跡部くんは(その顔は意外に年相応で可愛かった)顎をちょっとだけひいて、目線を自分の股間へと向けた。

開いているという事実を確認するかのように、約10秒ほど。彼は自分の股間を凝視していた。

ヤバい、腹筋がベルリンの壁の如く、崩壊寸前だ。

せいぜい恥をかくといいさ。

あたしゃ誰にも言ったりしないからさ、今ここで穴に入りたければ入ってもらっても構わないんだよ?

これから起こるだろうと予測される事態について笑わないように、プルプルと震える表情筋と腹筋を必死に止めようとするけれど。

やっぱり人の本能・感情には逆らえない。

大笑いしてしまいたい気持ちを必死にこらえて、わたしは跡部くんの次なる行動を待つ。







跡部くんが顔を股間から逸らして、わたしの顔をじっと見つめて来た。

その顔つきは精悍…と、いうよりかは、それを通り越して言い知れぬ威圧感を出されていて、怖い。

わ、わたしにプレッシャーを与えているんだな。

笑うなっていうプレッシャーを、重圧をかけているんだな。

跡部くんのおっかなさに、こみ上げてきた笑いは引っ込んでしまった。

顔と腹筋は震えているけれど、それは跡部くんがわたしに与える恐怖心からであり、むしろ顔・腹だけではなく、全身がプルプル震えてしまっている。

なんてチキンでスネ夫なわたし。

びくびく怯えること、2、3分。

フッと跡部くんは笑った。

いつものような、ニヤリと人を馬鹿にするような笑みで、彼はわたしに向かって笑みを向けた。

見た感じ、その笑いには何か深い意味がありそうだ。

嫌な予感がしながらも、わたしは真意をさぐるため、じっと跡部くんを見つめた。

跡部くんは「」とわたしの名前を呼ぶと、おっかなびっくりな台詞を言ってのけた。













「お前、俺に欲情したな?」















…………げふん。











さすがは跡部様。

なんて予想の斜め上45度を行く言動なんでしょう。

庶民の頭では予測出来ませんでした、その思考回路は。

だって普通はチャック全開、しかも異性から指摘されたら恥ずかしいもんでしょうが!

少なくとも、あたしは恥ずかしいよ!

しかも、股間を凝視=欲情という方程式はどこをどうとったら結びつくんだ!

あんたがチャックを開けてなかったら、あたしゃあんたの股間なんざ見てなかったよ!この…馬鹿ヤロウ!!







ぽかん、と黙っているわたしを後目に跡部様は尚も自分の世界に入り浸り、得意気に

「無理もねぇ。俺様が何もしなくても周りに女が集まってくるんだ。ましてや、男を知らないウブな小娘が俺様の下着を見ちまったんだ。訳はねぇ」

とかのたまってらっしゃいます。









もう、本当。

自分の頭の中で浮かんだ言葉がスラスラ口に出てくるとか、しかもその根拠のない妄想を確定事項のように話すとか、

なんておめでたい頭してんだろうね。

跡部くんは冷静そうに見えて、意外に思いこみが激しくて、しかもその思いこみも自分が正しいと思ってるから、

他人が違うって言っても聞き入れようとしないんだろうね。

プライド高そうだし。

つまりは、意外とアホなのかもしれないね。











て、そんな悠長なこと言ってられない。

痴女説は払拭できたけれども、なんか跡部信者だって思われてるみたいだし。

痴女だって思われるかよりはマシかもしれないけど、変に気があると思われても嫌だな。

だって相手は跡部さま。

跡部さまのぶっとんだ…いや、崇高な思考のために、崇高な信者たち…もとい、氷帝の女子生徒全員を敵に回したくないし。

それに、わたし自身がこんなにも崇高な宗教にどっぷりハマってるワケでもないし、むしろハマってると思われたくない。

そう思われるのが誰であろうと、すっごく嫌。












この時、わたしの顔はもう嫌悪感やら何やらで、自分でもはっきり自覚できるほどにすっごいことになってたと思う。

自分の都合のいいように解釈できるおぼっちゃま・跡部くんに向かってこんな風に向かって意見できるほど、

わたしは心底不愉快だったんだと思う。














「えっと…わたしがずっとチャックのことを黙ってたのは注意するタイミングがなかっただけで…

あと一般生徒のわたしから、生徒会長の跡部くんに、こんなことアホくさいことを言うのもなぁって思ってたし。

それにぶっちゃけ、チャックのことはネタだなってくらいにしか…」












スラスラと跡部くんを全否定するかのように、まさか自分の口からこんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

や、だって。あの跡部くんだよ?氷帝を牛耳る跡部くんに意見するなんて、相当勇気いるよ?

それを難なく出来ちゃったってことはさ、よっぽど跡部くんの頭の中に物申したかったんだろうね。













「それに…正直、黒の無地よりもウルトラマンプリントのブリーフだったらどんなにおもしろかったかって感じです」













跡部くんが黙っているのを良いことに、言いたい放題言っちゃってる今のわたしには向かう所、敵無しだ。

なんてこと言ったんだろう、ていう後悔も反省も、慌てる様子も全く感じないなんて初めてだ。

普段、自分の意見を言わない人間は一度、思い切って腹の中を見せるとポロポロ溜まってたものが出てきてしまうんだな。

すごいな、と客観的に自分を見つめられるくらい、心境は落ち着いていた。













「つまり。お前は俺様の魅力を理解出来ていないということか」












黙ってわたしの話に耳をかたむけていた跡部くんは、眼を細めて問いかけてきた。

眼を細めているから、いつもより視線が鋭い。

けれど恐怖は感じない。

きっと、彼の眼には怒りの炎が灯っていないから。

わたしに対する怒りではなく、変に納得したかのような、何かの事実を理解したかのようなかのような。









「え?あ、まぁ」











跡部くんの問いかけに、返答するわたしの声は思いの他、自信に満ち溢れている。

きっと、あの跡部くんと対等に話が出来ているから、自信がついているんだと思う。

こんな短時間で人って成長できるんだ。すごいな。

つか、魅力を理解出来ていないっていうか…むしろ、理解する気がないんですよね。

正直に言いますと、いくら顔がよくても、あの金持ち独特の…いや、跡部くんだからこそ成り立つのであろう、

世間様から見たらかなりぶっ飛んだ、もとい浮き世離れしたような性格にはついて行けないのです。

おつき合いするなら普通のご家庭の普通の性格の普通の人がいいのです。

跡部くんはわたしの好みには全くと言っていいほど該当しないのですよ。

やっぱり理解する気がない、とか言いつつ理解できないのかもしれない。










依然、無言かつ無表情で眼を細めている跡部くんに対して「はは」と苦笑いをしてみせた。

いい加減、この無言状態の跡部くんが、怖くなった。

自分以外の声や物音が全く聞こえないのが恐ろしさを倍増させている。







言い知れない緊張感に冷や汗が背中を伝う。













すると、跡部くんが「上等だ」と呟いた。今まで、沈黙を守っていた分、一際に彼の声が大きく聞こえた。










上等だ。






の意味は、その次の行動でイヤというほど思い知らされることになる。



















跡部くんはおもむろにブレザーを脱ぎ、制服のネクタイを解き始め、セーター、カッターシャツを脱ぎ始めた。

開始のブザーも無いままにいきなり始まったストリップショーに思わず「はぁ!?」と大声を上げてしまう。

広くて長い廊下にはわたしと跡部くんの2人きり。

わたしの馬鹿のようにデカい声が響き渡った。






カッターシャツを脱ぎ捨て(その下にTシャツを着ていないのが跡部くんらしいな)

真っ白な肌をついに露わにした跡部くんは、ついに先程チャックが全開だったズボンのベルトにまで手をかけた。











何なんだ、この人。

一体、何がしたいわけよ。











もう驚きとかそんなレベルじゃない。

これは一種の恐怖だ。

何が起こるかわからない、この事態に対する恐怖がわたしの頭を、身体を支配している。

現在、わたしが跡部くんにやられていることって、痴漢行為と等しいって後から考えればそう取れるんだけれどさ、

今のわたしにはそんな余裕が一切なくて、跡部くんが一枚脱ぐごとに発狂レベルが着実に上がるだけだ。









ついにストンと。ズボンが完全に下りた瞬間、わたしは自然とも取れる流れで、

絶叫した。













「ぎゃー!へんたいー!」












へんたいーへんたいーとエコーがかかる廊下のサラウンド効果が、やけにわたしを落ち着かせた。

いや、叫ぶことによって、たった今感じていた混乱と恐怖を吐き出せたのかもしれない。

ちりとりを支えるために、今までずっとかがんでいたのだけれど、気が抜けたわたしはぺたん、とその場にへたり込んでしまった。








ただただ今は。








黒のビキニパンツ一丁の跡部くんの、次なる行動を放心して待つしかない。









そのくらいに、今起きていることは、わたしにとって衝撃的で、頭の容量に収まりきらない事態なのだ。























呆然として座り込んでいるいるわたしに、わたしの眼の前で仁王立ちしている跡部くんが頭上から。


ハッキリと。


こう言い放たれました。















「俺様のビキニに酔いな」















彼の行動に頭が真っ白になったわたくしですが、いやいや。

もうすでに上記のセリフなんか右から左へスルーです。

スルー・ザ・ワードです。

















さ、さすがは跡部さま。

こう返されるとは思いませんでした。

こんなことを素でやってのけられるからこそ、あなたさまはカリスマでいらっしゃるわけですね。













本当、参りました

お見それ致しました。












彼の偉大さに圧倒され、ぽかん、とわたしはズボンを上げて優雅にベルトを締められ、衣服を着々と召される跡部さまを見つめるばかりで、

何も申し上げることができませんでした。














スプリーラー
(大量殺人者)
















わたしの心も、常識的概念も彼によって壊されてしまったようです。

もちろん、掃除を終えて彼が去った後、我に戻ったわたしの腹筋も早速、破壊されました。