「じゃあね、切原くん」

右手の手のひらを俺に見せて、にっこり笑っては言った。

は別れ際、必ずといっていいほど満面の笑みを浮かべ、放課後を待ち望んでいたかのようにに嬉しそうかつ楽しそうに微笑む。

「じゃあね」というよりか、「ごきげんよう」と優雅に、まるでベルサイユにいるお貴族サマのような、そいつのその仕草が俺は大嫌いだ。

まるで、「明日まであなたの顔なんか見なくてせいせいしてよ」って言われてるようでいい気がしない。




「やい、




きびすを既に返して帰ろうとするに、俺はあえて呼び止める。

別に「おい」って呼び止めたらよかったんだけれども、

から醸し出される古めかしい貴族オーラが伝わったのか、口調が70年代アニメのような呼びかけになってしまった。

やい、なんか今時使わねぇだろ。化石語だぜ。






「何だっててめぇはいつも帰り際に笑いやがるんだ」





口が悪くなるのは機嫌が悪い証拠。

それは誰でも一緒だろうけど、俺、切原赤也はその傾向が甚だ大きい。

デカくてギラリとした目は自分でも目付きが悪いとわかってる。そんな目にギロリと睨まれると、大抵のヤツは挑発されてる、嫌われてるって感じるらしい。

俺的にはそんなつもりは全く無い。

ただ、ちょっとばかり気に入らないことでもすぐ顔に出るわけで。

だから、に対してそんなにぶち切れてるわけではない。

確かに、の別れ際の仕草が気に食わないだけで、自体嫌いかって言われると…








つか、むしろ好きだし?




しょ、正直に言うと是非お付き合いお願いします?







だって、はなんつーか。

確かに俺みたいにギャーギャー騒いだり、バカやったりしない、どっちかってーと静かであんまりやいやい言わない、俺とは真逆な性格だし?

けど、すっげぇ大らかでのんびりしてて、特別可愛いってわけでもないけど癒し系で、天然ってわけでもないけど、たまに放つ一言はストレート。

しかも、全く裏がないってことが口ぶりからわかるから憎めない。

そんな憎めない女に惚れた俺なんだけど、どうもそいつのその仕草だけは好きになれない。

それも一つの個性、性格だっつっても、どうも納得できない。

俺はこの通り我が強くて、自己中だから、自分の思い通りにならないとへそを曲げてしまう。

相手をねじ伏せてでも、自分の意見を押し通そうとしてしまう。俺の悪いとこだってわかっているけれど、そう治るものじゃない。







「え?」と訳がわからない、とでも言うかのように、はゆっくりと振っていた手を引っ込ませた。





「あ…気に障った?ごめんね」





なだらかに整えられた眉を八の字に曲げて、困ったように俺に笑いかける。

ヤバい。傷つけたかもしんねぇ。

いくら自己中で人に意見を押しつける俺でも、好きなヤツを傷つけてまで我を通そうとするほど、意志は強くねぇ。





「あ、いや。そうじゃなくって」






言い方が喧嘩腰だったから、誤解を招いたんだと思う。

の懐がいくら広いといえど、こう強い口調で言われるとビビるよな、普通。





「なんか、そうやってめちゃくちゃ笑いながら手ぇ振られっと。別れんのが嬉しいみたいに思うんだけど」






に嫌われたくない一心で、フォローを入れようと気持ちが焦ってしまって、つい早口になってしまう。

の顔も見ずに一気にまくし立てたから上手く伝わっただろうか。

ちらりとを見ると、今度はびっくりしたかのように、心底意外だ、とでも言うように。

丸い目をぱちくりと一回、まばたきさせた。







「だから…なんだってそう…俺のこと、嫌いなんじゃね?とか思っちゃった…り?」






機嫌を伺うように、疑問系で返してみるけど何の反応も返ってこない。

とうとう俺は、はは、と苦笑いするしかなくなった。

完璧嫌われたかも。ひょっとして告白するまでもなく玉砕しちゃったかも、俺。

情けねぇ。そんでいて、みっともねぇ。

こんなことなら、人の言うことにケチなんかつけるんじゃなかった。嫌われるくらいなら、我慢したほうがマシじゃねぇか。くそ。







「切原くんは…そんな風に思ってたんだ」






「そんなつもりはなかったの」と、静かな口調で話すの顔はどこか寂しげで。

さっきまでのニコニコとした笑顔は消え失せてしまって、胸が締め付けられるような気分になる。

俺だって、こんな顔をさせるつもりはなかったのだけれど。

謝んなきゃな。でも、何を?にそんな顔させたことについて?

そうだよな。俺ってば相手のこと全否定だもんな。傷つかないわけないよな。

「悪ぃ」と口に出す前に、「切原くん」とから先に声をかけられた。







「切原くんにイヤな思いさせてごめんなさい。でもね」





わたしの言い訳、聞いてくれないかな?






おずおずと機嫌を伺うように上目遣いで俺を見る。(真田副部長じゃねぇけど、上目遣いたまんねぇ!)

俺を悩殺するような仕草に俺の心はバクバク破裂しそうなくらいで。

の提案にぶんぶん、と頭を振るしかなかった。

そんな挙動不審な俺を見てありがとう、とはふわりと笑った。










「いくつか理由があるの」







そして、話を切り出した。






「もし、わたしが事故とかに遭ってみんなに二度と会えなくなったとき。みんなが最後に見たわたしの顔が仏頂面なんて絶対イヤなの」






やっぱり、わたしを思い出す時、笑顔を思い出してほしいから。





なかなかディープな。

死ぬ時の話とか考えるか?普通。

や、別に否定はしないけど。言われてみたらそうだし。

確かにが死んだと仮定して、最後に見た顔が泣きっ面とか仏頂面とかだったらイヤかも。

胸くそ悪ぃっつーか…やっぱり、笑った顔が見たかったって思うかも。

まぁ、その前にが死んだ時点で俺、生きてく自信あんまないし。

ダメージでかすぎて、一々覚えてないかもしんね。

「まだ理由はあるの」と、が死んだら、という空想を考え込んでいる俺に話しかける。







「あとは…別れって結構、しんみりしちゃうけど。でも、わたしと切原くんは明日も会えるでしょ?だからね」






はまたニッコリ笑った。それから






「また明日会いましょうっていう意味を込めて。わたしは笑って『さよなら』を言うの」




そうしたらほら。さよならを言うのも、怖くないでしょ?







ひまわりのように明るく笑うの言葉には、嘘、偽りはないと思う。

語気がしっかりしていたから、自分のやっていることに自信があるんだと思った。

それは俺が言葉を呈したところで変わることのない、意志の強さを表していたようだった。

俺はわかってなかった。

がこんなヤツだってことに。本当に裏表がなくて、おおらかで、明るいヤツだって。

いつでも前向きな考え方をするヤツだってことをわかってなかった。

だから、が別れ際に笑顔を見せる真意に気づかなかったんだ。

なんか、自分の意見ばっかり押し付けて、のことなんか何も考えてなくて。

恥ずかしいな。男らしくもねぇな、俺。

自分のキャパの狭さをすっげ痛感させられる。

さっすが、俺が惚れた女。考え方が超ポジティブ。

それに対して俺ってば超ネガティブ。

なんで、こんな悪い方向に考えちまうんだろう。

多分、それは自信がないんだろうけど。

に好かれてないかもっていう自信の無さがそうさせてるんだ。

好かれてないっつっても、恋じゃなくって、友達とも同級生とも思われてなかったらどうしようってことなんだけど。

多分、同級生とは思われてるとは思うけど…友達と思われてない可能性は大だ。

とは喋るけれども、そこまで深い関係ではない。ひどい時なんか挨拶すら交わさない日だってある。

こういう点から俺、に関してはすっげぇ自信ない。なんか話そうとするけどキツいことばっか言ってるし。全然余裕ねぇ。







口を噤んで何も言わない俺に、痺れを切らしたのか(そう思いたくねぇけど)「ごめんね、切原くん。もう行かなきゃ」とは俺から離れて行く。

「それじゃあね」という、あいつにとっての「挨拶」と笑みを残して。

流されるように「おぉ」と返す俺はいまだに余裕がなくって。

曖昧な返事しか返せない。自分の中でいろんなことを考えてしまって、どんどんマイナス思考にと陥って行く。

かっこ悪ぃ。

自然とため息が零れて来た。










すると。







離れて行ったが、ちょうどくるり、と身を翻した。

勢いがよかったから、スカートがふわりと舞い上がり、白い足を(つーか太ももを)惜しげもなく見せつけてくれた。

(なんかのグラビア見てるみてぇだ)

「でもね」と焦るように、俺に訴えかけるようには話し出した。









「切原くんの……やっぱり、気になる人の前だから嬉しくってなおさら笑顔になっちゃうんじゃないかなぁ?」








気になる人の前で、仏頂面なんか出来ないよ









去り際に笑顔を見せたの顔はほんのりと桜色に色づいていた。

最後の方は尻すぼみになって、聞き取りにくかったけど。

確かにはそう言った。それを裏付けるかのように、桜色から変わって真っ赤な顔をしたはまた、ぎゅるんっ!ていう音がしそうなほど立派なターンをして背を向ける。(勢いがてらにパンツが見えてしまった!ラッキー!!!)





そして、そのまま走って行ってしまった。







その場にポツンと残された俺は何がなんだかわからなくなっていた。

頭が現実を飲み込んでくれない反面、のパンツ、淡いピンクだったなーブラもそんな色なのかなー、とか。

下世話なことを考えるにはひどく冷静で。

今、さっきが言ったことが夢のようで。夢なら覚めないでほしいけれど。










さ よ な ら
意 味













なかなか部活に来ない俺を呼びに来た丸井先輩に頭をぶん殴られるまで、俺の意識は夢の中をさ迷い続けていた。

痛いってことは…現実なんだよな?

いや、痛みで夢から呼び戻されたのかもしれない。

つか。こんな自分、マイナスすぎてマジ情けねぇ!