ホームティーチャー!!! − 初 回 授 業 編 −


地方から進学のため、上京してきて早2年。
都会の冷たい空気にもめげずに、わたしは頑張っています。




突然ですが。


わたしは家庭教師のアルバイトをしています。
それまでは飲食やらファストフードとかで働いていたのだけれども、
動きがスローモーかつ出不精のわたしにはどれも合わなくて、止めてしまいました。
しかし、働かないと少ない仕送りでは生活していけません。
そこで選んだ職が家庭教師だったのです。
家庭教師は本当に融通が利きます。
自分の都合にあわせて働くことが出来ます。
その分、家庭教師は割りに合わない仕事だけれど(生徒の家までの交通費が実費っていうのが…ね)
生徒一人一人がやる気を出して問題に取り組み、成績がアップして喜んでいる姿というのを見ると
「あー…この仕事やっててよかった」と思います。




今回、新しく中学生の男の子を担当することになりました。
その子の名前は切原赤也くん。
立海大学附属中学校の2年生です。
本部から仕入れた資料によると、「英語がすごく苦手」「他の教科も成績が思わしくない」
ということで。
このときは「根っからの勉強嫌いの子」という印象を受けました。




切原くんのおうちに伺うと、切原くんのお母さんがお出迎えしてくれました。
美人でした。
うちのお母さん(47歳・専業主婦)よりも一回り以上、いや30代前半に見えるほど若く、
ついつい「若くいらっしゃいますね」と言葉が吐いて出てしまいました。
ちなみにお母さんは43歳だそうです。(何てことだ!)



おうちに上げてもらうと、そこには切原くんのお姉さんもいました。
やっぱり美人でした。
目は大きいけれど、キリッとしたその目が印象的で、OLさんなのか?というくらい大人っぽかったです。
ついつい「美人ですね」と言葉が吐いて出てしまいました。
ちなみにお姉さんは17歳だそうです。(年下!?)




「赤也ぁ!!?先生来たから早く来な!!!」と、どこから出してくるんだ、そんな大きな声を、と思うような声で切原くんを呼ぶと
「うるせぇな!黙れよブス!!」(じゃあ、わたしは一体どうなるんだ)という怒鳴り声とともに、階段を下りているのかドダダダダ、という大きな足音を立てて、彼はわたしたちのいるリビングに入ってきました。
やっぱり美形でした。





もう何なんだ、ここの家は。
なんでこんなにキラキラした人間が多いんだ。
絶対こんなおうちに嫁ぎたくない、と思いました。
自分が特別不細工でなくでも、自分の容姿に対してコンプレックスを持ってしまいますよ。
ここのおうちに来れてよかった、目の保養だ、と思う反面、容姿の平凡さに惨めにも悲しくも思います。




そうこうしてるうちに、弟のブス発言にかちんときたお姉さんと、何故だかお姉さんに対して怒っている切原くん(反抗期?)が喧嘩をおっ始めました。
口だけではなく、手も出る、足も出る。物も飛び交う。(お母さん、ニコニコ笑ってないで止めさせましょうよ)




このままでは、授業が始まりません。




お母さんが喧嘩を止める気が全く無いらしいので(「まぁまぁ。先生、美味しいケーキと紅茶はいかが?」…ってお母さん…)
喧嘩の仲裁に入るため、切原くんとお姉さんの間に入ったところ


ボスッという音と後頭部に強烈な痛み。





「ぷぎゃっ!」





な…ななななぁなななんあななななな…なんてこと!




切原くんのお姉さんが投げたクッションがわたしの頭(後頭部)に大ヒット!
パウダービーズとはいえ、かなり痛い!
あまりの痛みに後頭部を抑えて悶えていると、「先生、危ない!」と切羽詰った声で、姉弟がわたしに呼びかけました。
「へ?」と一回、お姉さんを見て切原くんを見た瞬間





「ぷぎゃあ!!!!」





べちっとわたしの顔に生暖かいくっさい物体が張り付きました!
なんとこれ、切原くんの使用済み靴下!
(最初は何かわからなかったのですが、後に「靴下…って、なんてもの投げんのよ、あんた!」「先生が出てくるなんて思わねぇだろ!」という会話から、それが何か判明しました)
切原くんの脱ぎたての靴下がわたしの顔に大ヒット!!!!
切原くんの切原くんにより切原くんのための靴下!英語でsocks(複数形)!!
ソックス・オブ・キリハラ、バイ・キリハラ、フォー・キリハラ!
リンカーンもびっくりですよ!!!




く…くさい!
くさい、くさすぎる!!!





汗が、汗が蒸れてしまって、たんぱく質がどうこうなった臭いがします!
簡単に言えば、お父さんの靴下の臭い強烈版!





不謹慎とはいえ、触りたくないので、顔をプルプル振って取ろうとしますが
汗という湿気を含んだ靴下は、わたしの顔から離れてくれません。
奇跡と賞賛できるほどです。


仕方がないので、素手で取っ払いました。
あまりの臭さに鼻が麻痺して、靴下が顔から無くなったというのに、まだ鼻に臭いが残っています。
久々のシャバの空気を口で思いっきり取り込み、肺に満たしてあげます。
ゴメンね、わたしの肺胞。
くっさい酸素だったよね、ヘモグロビン。
もう大丈夫だよ、鼻の粘膜。



それなのに、ああ。
気分が悪くなって行く。
なぜだか、胃のあたりがムズムズして、何とは言いませんが
強いて言うなら、胃の中にある酸性の液体と、それによって溶かされつつある、わたしがお昼に経口で摂取した物が
食道からのど元にかけてアップ・アンド・ダウンを繰り返しています。
肺胞もヘモグロビンも粘膜も、言ってしまえば身体全体で何らかの拒否反応を示しています。


すいません、お母さん。
別に息子さんがダメなわけではないんです。
むしろ、カッコいいし将来有望です。
でも、人の足の臭いって誰であってもくさいじゃないですか。
どんなにカッコいい人であっても、臭いが全くしないわけないじゃないですか。
あーもう、ようするに何が言いたいかと言うと






洗面器、お願いします。