テスト前日、心を入れ替えたように勉強しだした切原くん。
わたしが帰った後も、寝る間もおしんで勉強していた、とお母さんはおっしゃっていました。



そして今日。切原くんのテスト実施日から1週間経ちました。
切原家は短期の雇用だったので、わたしはもう切原くんの家庭教師ではありません。
その日はたまたまバイトもなかったので、大学が終わってからブラブラしてから家に帰ろう。
たまには自炊したご飯を食べよう。酒もガバガバ呷りたい。
最近、切原くんにかかりっきりだったからな。他の子の勉強も見てあげないとダメだし。
学習進度とかも確認しなきゃ。
あーだっりいな。


ため息をついて、

学部棟を出ようとした瞬間、







「先生!」






と、聞きなれた声。
明るいけれども、ちょっとだけ低い、いたずらめいた声。
この2週間、イヤというほど聞いた声。
声がした方を向くと、





「お久しぶりっす!赤也ッス!!」





なんと。
切原くん。




と、知らない美形の男の子達。




美形すぎて、眩しすぎて、目が眩んで、思わず顔を覆ってしまいました。
切原くんと同じ制服を着てテニスバッグを背負っていることから、同じ学校の同じ部活の人たちがと推測できました。




「………きっ切原くん!!!な、なんで大学へ!?」




ま、まぁ切原くんはうちの大学の附属中学に通ってるから、大学への道なんて知ってて当然なんだろうけど。
わたし、自分がどの学部かってことまで言ったっけ?
しかも上手い具合に…なんで、帰る時間まで!?
思いっきり不思議がってると、切原くんはニコニコ笑ってわたしの側へやってきました。
その顔には気持ち悪いくらい笑顔が張り付いていて、何かあったんだろうかと心配になってきます。






「いやぁ。今日は先生にお礼をしようと思って。みんなで来たんスよ」

「みんな?」




首を傾げると、「みんな」がわたしに近寄ってきました。
先ほどの美形の男の子達です。
切原くんだけでも、キラキラしているというのに。
美形が一気にわたしの周りに集まってきて、一気に人生の男運を使い果たした気分です。


男の子たちの一人がわたしに声をかけました。
先生」と、わたしはこの子の教師ではないのですが、男の子にしては高めの声で。
その子は女の子のような顔立ちで、髪もゆるいパーマがかかっていて。
本物の女の子のようで。
がちで男に負ける、ってこういう事を言うんだ。
複雑です。




「この度は俺たちを助けてくださってありがとうございました!」




その子がペコリ、と頭を下げると全員が「ありがとうございました!!」と頭を一斉に下げたのです。
ちょうど、おじぎ3度、つまりは90度の角度で直角に。
しかも、頭を下げたっきり浮上してきません。
ずっと下げたままです。



「え、ちょ。あ、頭を上げてくれませんかね?」



なぜか年下に対して敬語のわたし。
や、なんか圧倒されてしまったからなんですが。



「いえ。貴女は赤也をここまで鍛え上げてくださった方。お礼を申し上げても、上げ尽くせません」



帽子をかぶった男の子(…男の子?)が大きな声で(恥ずかしい!)
わたしの提案を拒否しました。…古臭い喋り方で声も渋いです。本当に年下なのだろうか。

そもそも、切原くんを鍛え上げるって。
わたし、英語を教えただけなんですが。
鍛えるも何も、本人が勉強をしただけであって、わたしは特に何もしていないのですが。
みなさんが出てきてお礼をされるようなことは何一つしていないのですが。




「あ、あの。話が見えてこないのですが」




むしろ、何かあったんですか。




近くにいた赤い髪の男の子の身体を起こして事情を聞いてみました。
なんたること。
この子もなんて美形なんでしょう。
系統は切原くんと全くおんなじです。可愛い系です。
ふわりと香る甘い臭い(りんごですかね?)が世のお姉さんをそそらせます。




なんて、言ってないで。




赤い男の子に思い切って「あの。みなさん…何に対してお礼を言いに来られたのでしょう?」と聞くと、男の子は大きな目をさらに大きくして、「何言ってんだ、コイツ」とでも言うかのようにわたしを見ています。(物珍しそうに見るんじゃねぇ)
そして、男の子はわたしに向かって思ってもみない一言を放ったのです。





「何って…赤也の劇的な成績向上だろぃ」





「………は?」





思わず、こう切り替えしてしまいました。
わかっています。わかってるんです、カナリ失礼な発言だったと。
切原くんの成績が上がったこと、これは本当に喜ばしいことだと思います。
出来る事ならもう、あのふわっふわの髪の毛に指を鎮めて「よーしよしよーし」とムツゴロウさんみたいに、わしゃわしゃしてあげたいです。
でも、成績が上がったなんてそんなこと、一言も聞いてなくて、
だからいきなり聞かされてパニックを起こしてしまったというか。
うまく言葉に出来なくて申し訳ありません。




「え?そうなの?」




切原くんに聞いてみると、彼はパッと身体を起こして、テニスバッグからガサガサと何かを探し始めました。
余談ですが、わたしたちは今、道の往来の真ん中います。
そして、みんながみんなわたしに向かって頭を下げているので、絵面的にかなり奇妙で滑稽であること、この上ないと思います。
そう思うとただでさえ恥ずかしいのが、急激にもっと恥ずかしくなってきて、
「みなさん、お願いですから顔を上げてください」と懇願してしまいました。
それでも、上げてくれないので仕方なしに一人ずつ抱き起こすと(それでも強情に下げ続けていた子がいましたが)
やっと上げてくれました。(いらない体力を使ってしまった気分です)




「あった!」




切原くんがボロボロになった薄っぺらい1枚の細い紙を取り出しました。
そして、それを見て嬉しそうに笑うと、嬉しそうにしたままわたしにそれを差し出しました。
その紙を受け取ったところ、それは全教科のテストの点数が書かれた結果表のようです。



「早く見てください!」



切原くんがせかすように、わたしにこう言うので、紙に目を落とすと。





げふん。




マジかよ。



いやいやいや。
わたしは普通に教えただけだよね。
でも、一体何がどうなってこうなったのかを教えて欲しいね。




なんと切原くん。
英語のテストだけでなく、他の教科のテストもアップしたようで。
数学が20点、理科が15点、国語と社会はもともと得意だからなのかあまり変わっていません。


それよりも英語。
英語の伸び率が半端なくって。




「えいご、はちじゅうよん…」




あまりの驚きに口に出してしまいました。
なんとあの壊滅的な状況から彼は84点という大台を叩きだしたのです。
動詞すら分かってなかった彼が!中2の内容も網羅して、84点という点数をはじき出したなんて。
ミラクルもいいとこです。




先生!オレ、ガンバったっしょ!?」




うん。
がんばりすぎてて先生、また涙出てきちゃったよ。
今回はおしげもなくボロボロ涙をこぼしてしまいました。


初日に靴下ぶつけてきた切原くんが。
焼肉食べに行ってサボった切原くんが。
1からのスタートだった切原くんが。
なんにも出来なかった切原くんが。
84点も取るなんて。


もう、小泉さんじゃないけど「感動した!」だよ。
涙止まりませんよ、全く。




「ぎりあらぐ〜ん……!!!」

「先生、切原ッス」



そんな突っ込み、どうだっていいじゃないか!
ちょっとは感傷に浸らせろよ、このヤロウ!



「よぐかんばっだねぇ…」

「先生のおかげッスから!」




本当にありがとうございました!




そう感謝をしてくれた切原くんの顔には、これでもかっていう笑顔が宿っていました。

このとき、心から家庭教師をやっていてよかった、と思いました。





ホームティーチャー!!! − 結 果 編 −





ほんとう、よかったね。切原くん。