テストまであと1週間。
現在の切原くんの状況は、
……まだまだ、です。




ホームティーチャー!!! − 説 教 編−




「あのさぁ、切原くん」

「ッス」

「先生と『がんばる』って…約束したよね?」

「ッス」

「指きりもしたよね?」

「…ッス」

「指きり『拳万』、嘘吐いたら『針千本』飲〜ます…んだったよね?」

「か…漢字にしないで下さいよ!!怖いなぁ…」

「『指きりげんまん』の『指きり』ってさ…遊女が客に愛を誓う証として指を切ったことから『約束を守る』って意味に派生したんだよね」

「へ…へぇ」

「よかったね。現代に生まれてきて。しかも男で」

「は…はい…」

「『げんまん』はね、拳骨万回。針千本は言う必要ないよね?わかるよね?」

先生……こ…怖い…!!」

「先生にもっと、なんか言うことないかな?切原くん」

「す…すいませんでした……!!!」





ここ毎日、わたしは切原くんのおうちに来ています。
切原くんは部活をしているので、おうちに帰るのは夜8時を回ります。
ちなみに切原くんの授業が始まるのは8時30分から。
90分間みっちり英語漬けです。(途中でちょっと休憩入れるけど)

で、わたしが初っ端から何をそんなに怒ってるのかと言うと




切原くんが今日。授業をすっぽかして、部活の先輩とご飯を食べに行ってしまわれたのです。




わたしはいつも、8時ごろ切原くんのおうちに来ます。
と、言うのも切原くんのお母さんにご飯をお呼ばれしているのです。
「一人暮らしだと何かと栄養が偏るでしょう?」という温かいお言葉をかけて頂いたのです。
本当、お母さんありがとうございます。

そして、お母さんと切原くんのお姉さんとご飯を食べた後、ボランティアでお姉さんのお勉強を見てあげます。
文系なので英国社しか見てあげられませんが、幸いにもお姉さんは理系。
しかもわたしの得意分野である、英語が特に苦手なようです。
姉弟はやっぱり似てますねぇ。(頭の出来はお姉さんの方がかなりいいですが)
いつもだったら、お姉さんのお勉強をちょこっと見てると切原くんが帰ってくるのですが、
この日に限って切原くんは帰って来ません。
「遅いですね、切原くん」とわたしが漏らすと、「どーせどっかで騒いでんでしょ。バカだから」とお姉さん。
「すぐ帰ってくるでしょ。ちゃん。それまで、わたしの英語見て」というお姉さんの要望で(お姉さんとはすっかりフレンドリーです)
切原くんの変わりにお姉さんのお勉強を見る事にしました。(本当はこんなことしちゃダメなんですけどね)
しかし、お姉さん。切原くんと違い、大変真面目です。
英語を見てくれ、と申されても見るところがありません。
いやぁ、黙々とこなされています。
苦手って言っても出来てるじゃないですか。(たまに単語にの意味を聞かれる程度で)
その頭の中身をちょっとは弟くんにあげて欲しいものですね。

しかし、9時になっても9時30分になっても、切原くんは帰って来ません。
いくら何でも遅すぎます。
お母さんもお姉さんも心配になってきたようで、お母さんは切原くんの携帯(中学生でも持つんだ!!さっすが都会!!!)
に何度も連絡しますが、繋がりません。(何のための携帯だ)
何か、事件に巻き込まれたのではないかと心配になってきました。
お母さんは「どうしましょう、先生」とオロオロして(…どうしましょうって…お母さん)
お姉さんは不安そうに切原くんの携帯に延々と着信を残し、(なんがかんだで姉弟ですね)
そうこうしているうちに切原家のお父さんまで帰って来られました。(初めて会いましたが、のほほんとしたプーさんみたいなパパさんでした)

パパさんに事の次第を説明すると、パパさんはニコニコしながら携帯電話を取り出し、ピピピとボタンを押して電話をかけ始めました。
そして一言。


「赤也、帰っておいで」


(のほほんとした、柔らかい声でした。)
それから30分後、切原くんは帰って来ました。
かなり罰が悪そうに。口を尖らせて。


良かった。
何か事件に巻き込まれた訳ではなさそうです。
ホッとわたし、お母さん、お姉さん。
そしてのほほんとしながら、パパさんは切原くんに近付き




脳天拳骨一発。




の、のほほんパパさんが閻魔さまに変わった瞬間でした。
切原くんはよっぽど痛かったのか、「ぐあっ!」と叫び声を上げて頭を抑えました。(そりゃ『ゴッ』ってすごい音したもんねぇ)
パパさんはすぐ、のほほんとしたパパさんに戻り、
「それでは短い時間ですが、息子をお願いします」とわたしにペコリと頭を下げ(なんだかトトロのようなお父さんです)
「母さん、ごはんくれませんか」とお母さんに呼びかけました。(な、なんか癒し系のパパさんでした)


ちょっぴり気まずいまま、わたしと切原くんは授業をすることとなったのです。



で、話をするうちに切原くんにも元気が戻って行ったのですが、
授業をすっぽかした理由が…


「先輩たちと焼肉食ってた」


と、言うのが気に食いません。
焼肉!?焼肉なんてしばらく食ってねーよ!!!一人暮らしの敵だっつーの!!!
何をお前は何の断りもなく、そんな所へ行ってるんだこのヤロウ!!!
この金持ちめ!!

(て、私情入りまくりだ!!!)



確かに、それもあるんだけれども。



「切原くんさ、次のテストでいい点取らないと補習なんじゃないの?」

「そうなんスよ!だからこうして先生に…」

「もしかして、家庭教師がいるから成績が上がるとでも思ってない?」

「へ?」

「わたしが教えたからと言って、成績が伸びる訳じゃないんだよ?わかってる?」

「えー!?それじゃ家庭教師の意味ないじゃないッスか!!」

「そうじゃないでしょ。切原くんが『自分で』勉強しないと成績は上がらないって言ってるの」




そう、コレ大事。
よくいるんですよね。
塾行ったり、家庭教師を雇ったってだけで成績が伸びると思ってる子。
確かに何もしないよりかは伸びるけれども、そんなに劇的な変化は起こりません。
切原くんの場合は1からスタートっていうレベルの所を、この短期間で中2レベルに伸ばさないといけません。
それがカナリ難しいんです。
いくら、わたしが教えたからと言って急に点数が上がるわけじゃありません。
例えば今日やった学校の授業の復習でもいいし、わたしと勉強したことの復習でもいいし。
本人の努力もいるんだっていうこと。
塾に行っていない時間でも、ちゃんと勉強しないといけないってことを切原くんに分かってほしいんです。



「切原くん、わたしや学校で習ったこと覚えてる?」

「……う……」

「わたしは切原くんにとって、良かれと思うことは色いろやってるつもり。わからない所があれば何でも聞いてほしい。それでもまだ何か足りないんだったら、遠慮なく言ってくれていいんだよ?」

「…………」

「でもね。キツい言い方かもしれないけど、授業そっちのけで遊びに行ってる人は成績伸びないよ」

「……ハイ………」

「自分のことを棚に上げて、成績伸びないことをわたしのせいにされてもね。先生、どうしてあげたらいいかわかんない」




切原くんはしゅん、と小さくなってわたしの話を聞いています。
顔を下に向けて、椅子に浅く座って背もたれに思いっきりもたれて。
ちょっとキツく言い過ぎたかも。
切原くんは誉めて伸びるタイプなのかな?や、部活の話とか聞いてると叩かれて伸びるタイプみたい。
とりあえず、この子のモチベーションを上げてあげないといけません。



「試合、出たいでしょ?」

「…ハイ」

「補習で出れなくなってもいいの?」

「よくねッス!」

「悔しい思い、したくないでしょ?」

「当たり前!!」



わたしにつかみ掛かりそうな勢いで顔を上げた切原くんの目にはちょっぴり涙が。
やっぱり、凹んだみたい。
涙は出てるけど、わたしを真っ直ぐ見つめる目に一転の曇りもなくて、キレイな目で。
目を見て少し安心しました。
この子はきっとやってくれるでしょう。
ボロっかすに言われて這い上がってくる負けず嫌いな男の子です。




「じゃ、先生と約束して。『テストまで英語の勉強、がんばります』って」



すっと小指を差し出すと、切原くんはと鼻をすすって(泣きかけだったのか!)
「へへっ」と笑いました。
その笑顔が年相応の男の子の笑い方で、本当に可愛らしかったです。




「先生、よろしくお願いします」




そう言って繋いだ小指は、この前よりも逞しく感じました。

















「今度、約束できなかったらパパさんに拳骨万回してもらおうか」

「そ…それだけは………」