姉さん、事件です。で、いつも始まるホテル関係のドラマがあったと思います。知りませんか?高島さんが主演の…知らないですか…そうですか…けれども、今わたしの身に降りかかっていることは十分事件になりうると思うのです。 昨日、幸村くんを好きだと自覚したわたしなのですが、早速問題が勃発してしまいました。 ………ついに、周囲の方々にわたしと幸村くんがお付き合いしているとバレてしまったのです。まぁ4日も一緒に登校してればバレないわけないのですが。なぜバレたかと申しますと、昨日、一緒に手を繋いで歩いていたのをバッチリ誰かに見られていたらしいのです。これが決定打となったようです。ちなみに昨日のデートは手を繋いでぶらぶら歩くだけで終わりました。デートと言えるのかはわかりませんが、それでもわたしは満足です。えへへ。 そしてバレてしまった今日。、現在クラスの皆様から質問責めに遭っています。朝、学校に来て教室に入るとワッと!友達がアイドルの出待ちをしているが如く、わたし目がけて押し掛けて来たのです。 「ちょっ…、マジで幸村くんと付き合ってんの!?」やら「昨日、幸村くんと手ぇ繋いで歩いてたって本当なの!?」やら口々に質問され、言葉が出てこないのか「なんでなんでなんで」しか言わない友達も居ました。勢いに押されて、思わず後ろへと後ずさってしまいます。友達の目は怒っているわけではないと思うのですが、血走っていてアイドルのゴシップを聞き出す芸能記者のようで怖いです。 口をもごもごとさせて「えっと…その…」と言葉を濁らせていると、女性の力は恐ろしいですね。さっきまで口々に喋っていたのに、わたしが声を出した瞬間にぴたっとおしゃべりを止めて、「どうなのよ!」というオーラを出してわたしを見ます。何度も言いますが、この人たちは怒っているわけではないと思います。ただただ井戸端会議を開くおばちゃんのように、ちょっとした芸能ネタが欲しいだけなのです。興味本位であることが丸わかりです。きっとわたしから真偽を聞いて、それをまた誰かに言いふらすのでしょう。それと、「わたしの友達、幸村くんと付き合ってるんだ」という自分がつき合っているわけでもないのに、自分の知り合いというだけで、このようにちょっと自慢をしたいのだと思います。また「幸村くんとその子の話なら何でも知ってるよ」と、情報通であることも周囲に示したいのかもしれません。黙ってても埒が明きません。YESかNOかどっちか答えを言わないと解放していただけないでしょう。わたしも性別は友人たちと同じ女なので、彼女たちの行動や考えが痛いほど、手に取るようにわかります。 とは言ってもわたしと幸村くんは、まだ正式にお付き合いをしついるわけではありません。幸村くんからお試し期間を戴いています。期間限定のお付き合いなのです。わたしがこの一週間で幸村くんのことを知り、その上でお付き合いを続けるかどうか決めるのです。今では期間が過ぎた後もお付き合いする気満々ですが…なんかわたしってすごく調子のいい人間ですよね。 よくわからないから試しにつき合ってみるって、幸村くんから言い出したとはいえ、ものすごく失礼ですよね。ようは品定め。わたし如きが、幸村くんを審査するなんて100年早いと自分でも思います。しかも、気に入らなかったらポイッとしてくださって結構ですっていう意味も含まれてるんですよね。今思うと、なんて贅沢な選択権を与えられているのでしょう。恐れ多いです。わたしが幸村くんを選ぶのではなく、幸村くんがわたしを選んでいただく方がよっぽど現実味があります。 なので、お付き合いをしているのか、と言われれば…「はい」と即答しにくいのです。お付き合いしていると言えばしているのですが…世間様で言うカップルにはまだまだほど遠く、ただの友達にしては親密で。 ……何なんでしょうかね、わたしと幸村くんの関係って。何て言えばいいのでしょうか。ますます言葉が出てきません。あーとかうーとか赤ちゃんのような擬態語しか出てこないわたしに対して、周囲は悪い意味で寛容で。今か今かと、固唾を飲んで、まるで神様からご神託を承る宮司のように、わたしの言葉を待ちます。 別にいいじゃないですか。わたしが幸村くんと付き合っていようがいまいが。と言って、はぐらかしても無意味な気もします。火に油を注ぐだけで「教えてくれたっていいじゃない」とブーイングが巻き起こり、余計に相手につけ込まれそうです。付き合ってると言えばそれはそれで、また鬱陶しいし……でも、なんか否定はしたくない。きっと幸村くんを好きだから否定したくないのだと思いますが… 何とか事を穏便に済ませる方法はないのか。 中身が無い頭を絞り、どうみんなにお答えしようか考えていると。 「さん」 と、後ろから誰かに呼ばれました。高くて可愛らしい控えめな感じの声です。幸村くんの声をより高くさせたような、とても女の子らしい声でした。呼ばれた方へと身体を向けると、やはり声に違わず可愛らしい華奢な女の子が立っていました。長くてゆらゆらたゆたうエアリーウェーブの髪とくりっとした瞳が印象的な美少女です。こんなお人形さんのように可愛い子に声をかけていただけるなんて、なんて恐れ多いことなのでしょう。最近、幸村くんといい容姿が整っている方に声をかけて頂く回数が以前より増えている気がします。一生分の美形遭遇率を使い果たしているのかもしれません。 「な、何でしょうか」とお人形さんの神々しさに当てられ、若干引き気味にお伺いするとお人形さんはニコッとわたしに微笑まれて、そして 突如、べしゃっと。何か冷たいものをわたしの顔にかけられました。 それは小学校の時分からよく嗅いでいて、嗅ぎ慣れた臭いではあるのですが、けしていい臭いがするわけではなく、むしろ悪臭です。普通の水道水と色々なものが混じりに混じりあって、長期間放置したような臭い。 これはおそらく。 雑巾の絞り水。 「あんた、何してんのよ!」 あまりにも冷静に状況を分析していたわたしは、友人の一言ではっと我に返りました。先ほどまでわたしを問い詰めていたのに、今度はお人形のような顔をした可愛い女の子に声を荒げて質問します。彼女の声をきっかけに、まるで時間が止まっていたかのようなこの空間が一気に活動を開始させます。「大丈夫?」と可愛いディズニーのタオルで汚水を拭き取ってくれ、「びしょびしょじゃん…保健室行って洗ってもらお」と、また別の友人は汚水まみれのわたしの手を取ってくれました。「あんた、どういうつもりなの?」「こういうことして許されるとでも思ってんの?」とさっき声を上げた友人とそのほか大勢の友人がわたしに汚水を浴びせた女の子を取り囲み詰めよります。わたしの時の興奮しているがためにがっついてしまっている詰め寄り方とは違って、明らかにドスの利いた怒りを含んだ声です。 きっとわたしのために怒ってくれているんだろうなぁ。 と、感じずにはいられません。わたしがただの、興味本意の対象だけならこんなに本気で相手に対して敵意をむき出しにするでしょうか。それこそ、その場を楽しむだけで助けてなんてはくれないと思います。さっきまでどうせ井戸端会議のネタにするんでしょ?とか思っていた自分がなんて恥ずかしい。お前の友達は、こんなにも友達想いじゃないか、。 女の子の友情って意外に捨てもんじゃないかも、と一人また勝手に感動していると。 汚水をぶっかけた女の子がさっきまでの可愛らしい笑顔をギッと般若のように歪ませて(と、言っても元がいいので怒っていても可愛いのですが)汚水が乾いて、ホコリがガビガビと顔に貼りついているわたしを睨みつけて言いました。いえ、叫びました。 「なんで、あんたなのよ!」 さん、とわたしの名前を呼んだ時の可愛らしい蚊の鳴くような細い声とは全く異なり、今の彼女の声は頭が痛くなるくらいの大きな声で、鼓膜を突き破るほどの鋭さを持っていました。可愛いお人形さんがいきなりチャッキー人形に変貌した様を見た気分です。 お人形さんの変貌ぶりに呆気に取られてしまっているわたしを余所に、その子はやっぱりすごい形相でわたしを睨みつけ、わたしに掴みかかろうとしているのでしょうか、爪を立てて手を伸ばして来ます。守るように友人がわたしを取り囲み、また別の友人が彼女を取り押さえます。 「何でなのよ!放しなさいよ!」 女の子は未だわたしを睨みつけて、一矢報いようと手を、爪をわたしに向けて伸ばして来ます。綺麗にオーバルに整えられ、パステルピンクで彩られた可愛らしい爪を、わたしを攻撃するためだけに、懸命に伸ばして来ているのです。こんなことをするために、この子の爪は手入れされているわけじゃないことはわたしにだってわかります。憎しみの牙として使用するために、綺麗に飾ってるんじゃない。爪だけじゃない。この子の肌が真っ白でキレイなのも。睫がくるん、と巻かれているのも。ほっぺと唇が可愛い桜色なのも、栗色に染められたふわゆるパーマも、全部全部。自分を可愛くみせるためなんだ。 「なんで…なんで…わたしじゃないの?」 次第に友人達に取り押さえられ、わたしに牙を剥けることができない彼女の顔は、みるみるうちに歪んで行きます。さっきまでの鬼のような顔とは打って変わってぐっと眉間を寄せて、歯を食いしばって。そして。 大きく円らな瞳から綺麗なビー玉をぽとりぽとり、と。生み出したのです。 顔をしわくちゃにさせて、何も言わなくなった彼女を見て不謹慎にも綺麗だと思ってしまいました。嗚咽をかみ殺し、黙っているけれども、その瞳だけは未だ物を言うようにわたしを真っ直ぐに見ているのです。 その瞳は儚げに、悲しそうに、訴えかけるように。 泣き顔が絵になる人というのはこういう人のことを言いんだ。 その子は依然とわたしを悲しそうに見たまま、ぽつり、と。けれど、はっきりと。こう呟きました。 「わたしの方が…幸村くんのこと、絶対好きなのに」 その瞬間、今までわからなかったものが一つにつながった気がしました。 どうしてわたしに汚水を浴びせたのか。わたしに敵意をむき出しにするのか。 悲しそうにわたしをずっと見つめるのか。 それは彼女が幸村くんを好きだから。 幸村くんに見てもらうために、彼女はキレイに着飾って、可愛く見繕って。 全ては幸村くんのためにだって考えれば彼女が行ってきた行動に合点が行きます。 幸村くんに認めてもらうために努力をしてきた彼女と、幸村くんの隣という地位をあっさりと獲得できたわたし。 幸村くんをずっと想い続けていた彼女と、つい昨日幸村くんを好きになったわたし。 彼女がわたしを恨んで当然です。ぽっと出の女に自分の好きな人間を奪われてしまうなんて、誰であろうて信じられませんし、受け入れ難いことです。わたしが彼女の立場であったとしても、汚水は浴びせなくともショックは非常に大きいと思います。また、今まで浮ついた噂が幸村くんになかった分、いきなり彼女が出来ました、なんて。彼女じゃなくても仰天するでしょう。 それに、幸村くんを好きな女の子は何も彼女だけではありません。この校内には両の手では数え切れないほど、幸村くんに想いを寄せている人がいるのです。わたしなんかよりも、もっと前から幸村くんを好きな女の子だってたくさん居ます。その女の子たちは幸村くんの心を射止めるために、日々努力をしているのです。可愛く見られたい、綺麗に見られたい。たった一人の男の子のために。 片や毎日寝坊ばかりで、お化粧のケの字も知らないスカートの中には必ず短パン着用の女っ気のない何の努力もしていないわたし。 そんなわたしが幸村くんとお付き合いしているなんて、本当にいいのでしょうか。こんな簡単にわたしは幸せを手にしていいのでしょうか。 幸村くんとお付き合いをするだけで、多くの女の子を不幸にする。 その子たちの幸村くんへの気持ちを背負ってわたしは幸村くんと今後、お付き合いしなくてはいけない。 そのような重責、わたしに耐えられるだろうか。 何の努力もなしに幸村くんの心を戴くことは罪ではないのだろうか。 駆け付けた先生に、泣きながら連れられていく美しいお人形を見て、まるで庭に咲く小さな薔薇を踏みにじったかのように、胸がはちきれそうで。いたたまれなくなりました。 幸村くん。 このまま、あなたの彼女でいる権利はわたしにありますか? |