3日目






「あはははは!さんどんくさーっ!」







お腹よじれるぅ、と地べたを転げ回って笑う…とまでは行きませんが、お腹を抱えてひぃひぃ言いながら笑う幸村くんに若干殺意を覚えます。眼に涙を浮かべてヒィヒィ言っている幸村くんを余所にわたしの怒りのボルテージは上がるばかりです。大きな声で笑われたことに対する憤りと悔しさで今、わたしの顔はすごく、それはもう醜く歪んでいることでしょう。





今、わたしと幸村くんは屋上に来ています。ぽかぽか日和のこの季節、制服のブラウスなんて意味を成さないくらいにジリジリと紫外線が肌を刺激するこの季節に、なぜ屋上に来ているのか。屋上で何をしているのか。
答えは簡単。至って簡単。一昔前のOLがバレーボールと同頻度でお昼休みを利用してやっていた競技。






バドミントンです。






幸村くんが100円均一にたまたま入店した際に見つけたらしく、「さんともっと親睦を深めたいなって思って」とニッコリ笑ってわたしに有無をいわさずラケットを渡されたこと、15分前という本当につい最近起こった出来事だとは承知していますが、それでもほんの1分前に起こったかのように、鮮明に思い出されるのです。そのときの幸村くんの顔は天使のような笑顔を称えていらっしゃったのですが、わたしにとっては悪魔のそれにしか見えなかったのです。


不肖、。運動が苦手です。や、それでは語弊がありますね。不肖、、運動が面倒くさくて嫌いです。汗をかくのが嫌いなのです。ベタベタと身体中がウェッティーになるのがイヤなんです。しかも運動後はドキドキ動悸が激しいですし、いつまで経っても汗はひっこんでくれませんし。体育の後とか最悪ですね。なぜ、ジャージ、Tシャツという通気性のよいカジュアルな服装から、すぐさまブラウス、ジャンパースカートという堅苦しく暑苦しいフォーマルスタイルに着替えなければならないのか、意味がわかりません。体育の授業後は最も涼しい格好をしていても、汗が次から出てくるというのに、その後にわざわざ制服という暑い格好をさせるなんてどういう神経しているんですか。気でも狂ってんじゃないですか、とわたしはいつも心の中で声を大にして叫んでいます。汗も引っ込むどころか余計にダラダラ垂れてきますよ。だから、わたしは運動が嫌いなのです。厳密に申しますと、学校内での運動が嫌いなのです。


シャワーを浴びる時間や場所を設けてくださるのであれば喜んでバドミントン、しましょう。でもそんなもの、どこにもないじゃないですか。昼休みなんてほんの数十分。次の時間までに汗を拭い去るなんて不可能ですよ、幸村くん。





「いやですよ、汗かきますもん」と幸村くんの提案をつっぱねようと、口を開いて抗議しようとした所、「はい、行くよー!さーん!!」と、そーれ!と早速羽を打ってくるもんだから、わたしの意見なんてまるまる無視なようです。(なんて自己中な!)始まってしまったものは仕方ないので、1回だけならやってもいっか、仕方ないなぁ、と子どもを持つ母親のような心境ですかさず、わたしも羽を打ち返します。高々と上げられたロブはひょろひょろろ〜、と幸村くん向いて頼りなく落下していきます。幸村くんもひょろひょろな羽を追いかけて後ろにとんとん、と下がりながらラケットを後ろにぐっと引いて思いっっ…きり…








バシュッ!!!と、一発。
スマッシュかましやがりました。







当然、バドミントンとはいえ、全国区であるわが校テニス部の部長さんでいらっしゃる幸村くんのスマッシュなんか帰宅部のわたしに拾えるはずもなく。わたわたと手足を動かして、シャトルを追いかけますがそれもむなしく。ただ、足をもつれさせて、派手にこけるだけの結果となりました。えぇ、それはもう死んだ蛙のようにべたん、と汚いコンクリートに這いつくばって、正直女の子の倒れ方ではありません。





そして、今。幸村くんにゲラゲラ笑われているのです。





「もうちょっとさぁ、可愛らしい倒れ方しなよ。さん」





一応女の子なんだから、と取ってつけたかのように、目尻に涙を浮かべながらおっしゃる幸村くん。笑いが堪えきれないのか、嗚咽を殺すかのように声を震わせています。その「一応女の子」に告白して来たのは一体、何処の誰なんですかねぇ、と毒づいてやりたい気分ですが、ここは我慢。我慢です、。この年頃の男は女よりも幼稚だって言うじゃないですか。幸村くんだって女の子みたいな顔していますが実際は男の子、つまりはわたしよりもお子ちゃまなのです。ママのおっぱいがまだまだ飲みたい年頃なんですよ。そうです、そうに決まってます。そう思うことにしましょう。



そんな幸村くんに、わたしは立ち上がると、ニッコリ笑って「すいません」とラリーが続けられなかった不甲斐なさに表面上の謝罪をし、近くに転がっていたシャトルを拾い上げて、幸村くんに向けてぽーん、とサーブを打ちました。



すると。再び幸村くんは後ろへ数歩下がり、腰を落として左手を天高くかざし(その瞬間、一瞬だけ「手のひらを太陽に」のワンフレーズがわたしの頭の中で流れました)右腕を後ろに思いっきり引き、矢を射るが如くシャトルがスイートスポットに当たるタイミングを見計らって素早く。






シュパァァッ…ン!!!とスマッシュを打たれました。





なんだよまたかよお前マジでラリーする気あんのかよ、と普段のわたしからは想像出来ないようなお下品な言葉がついて出てきそうになりましたが。ここはぐっと堪えるのです、!さっきも確認したように男の子は乳離れできないお子ちゃまなんですよ!お子ちゃまだから人をからかうことが大好きなんですよ!だからわたしが取れないようなスマッシュをバシバシ打って来るんですよ!そしてシャトルを拾おうとあたふたして、最終的に再び転倒するわたしを見て抱腹絶倒するって魂胆なんですよ!幸村精市…恐ろしい子!!!






とか考えているうちに、シャトルはわたしの方めがけて超特急でやって来て、




見事、おでこに直撃しました。
クリーンヒットです。





かつーん、とおでこに当たった瞬間に軽い音がしました。軽い音ですが、肉が少ないところに直撃したので地味に痛かったです。そして、いきなりシャトルが顔面に飛んできたものですから、びっくりしておののいてしまいました。おののきついでによたよた、と後ろに後ずさり。後はご察しの通り、足がもつれて後ろ向いてすってんころりん、と転んでしまいました。後転しそうになるくらい、勢いよく転んでしまったので、スカートがぱららららーん、と豪快にめくれあがってしまいました。めくれ上がることによって、わたしのスカートの中身が丸見えになるわけですが。




よかった。ジャージの短パンはいてて。






危うく履いてる下着を幸村くんに晒す所でした。まぁわたしのよれよれのパンツとか、ぶっとい太股とか見せた所で減るもんじゃないって分かってますが。でも、やっぱり男の子の前、特にイケメン幸村くんの前ですからね。いっちょ前に羞恥心も一端に出てくるわけで。仮にパンツを幸村くんに見られたとしたらわたし、明日から学校行けません。穴があったら入りたくなるくらいになること間違いなしでしょう。死にたくなるくらいこっ恥ずかしくなること間違いありませんね、はい。







「よかったぁ、短パン履いてて」




本当よかった。危うく立海の王子様に汚いもの見せるところだった。と、ほっと一息ついてむくりと上体を起こすと。






「全然良くないよ」




と、心なしドスの効いた声が。今、わたしの心境をぴったり表すとしたらダースベーダーのテーマがしっくり来るでしょう。そうです、またしても幸村くんの怒りの導火線に火をつけてしまったようなのです。顔を上げるとブスッと、腕を組んでわたしを見おろしています。なんという圧迫感。同い年と思えないくらい今の幸村くんからはこう…圧倒されそうなくらいのオーラが出ています。江原さんや美輪さんのようにスピリチュアルな人間ではありませんが、彼のオーラが怒り一色になっていることのが目に見えてわかります。






「あのさぁ、さんさぁ」






あ、一昨日もこんなセリフを聞いた気がします。今から小言が始まるんですよね。一昨日と同じように。そうなんですね、雰囲気でわかります。幸村くんは呆れたように、眉をぎゅっと寄せて、大きくため息をつかれました。怒ってらっしゃいますね。わかります。






あぁ、またなんか「女の子っていう自覚はないのか」とかそんなお小言が来るんだろうなぁ。
スカートの中身丸見えにしちゃって恥ずかしくないの?とかさぁ。
こう簡単に想像が付くあたり、わたしも幸村くんの人と形を理解してきたのかもしれません。


幸村くんって本当、口うるさいですよね。お鍋とか一緒に食べたら、絶対鍋奉行になるタイプですよね。「肉の後に野菜なんかいれたら、野菜がギトギトになっちゃうでしょ!」とか「むしろ肉なんて邪道!この鍋は絶対魚で食べるべきだ!!」とか……これって、むしろ鍋奉行というか押し付けですよね。自己中の塊な人間、それが幸村くんなのかもしれません。
わたしに対して文句を言うのも「さんはこんなことしない!」ていう理想の像をつくるためだったりするかもしれませんね。ほら、よく「アイドルはおならしません。お○っこもう○ちもしません」ていう理想像あるじゃないですか?あれと一緒の心理なのかもしれませんね。ははは。もし、そうだったらちょっと笑えますね。幸村くんの中でわたしという人間はいったいどういう風に思われてるのか。
聞いてみたい気もします。


一人で妄想してニヤニヤ笑ってると「ちょっと」と怒られてしまいました。明らかにいつもより声のトーンが1トーン低かったので、相当ご立腹のようです。怖いです。怒りのオーラが増幅されています。さきほどは少々紫色が混じった黒色だったのですが。今は黒一色となっています。怖いです。「人の話はちゃんと聞くってお母さんに教わらなかったの?」という小学校の先生が生徒に言いそうな台詞を中学生になっても言われるわたし。情けないですね。
幸村くんの注意と怒りのオーラに完全にあてられてしまって萎縮しているわたしに、幸村くんはズバリと言い放ちました。








「何でスカートの下に短パン履いてんのさ」





………え?なんて?今、なんか聞こえましたよね。何でスカートの下に短パン履いてるのかって?そんなこと聞かれましたよね。突っ込むところ、そこですか?もっと他に言うことはないんですか?短パン以前に豪快にこけて、豪快にスカートの中身見せたこととか。そこはあえてスルーなんですか?電話越しの着替えはNGで、生でスカートの中身をぶちまけるのはOKなんですか?な…なんかおかしくないですか?



幸村くんの一言に呆気に取られていると、幸村くんはさらにとんでもないことを言い出したのです。「いい?さん」と人差し指を立てて、眼をキラキラ輝かせて。わたしに説明するかのようにこう仰られます。







「男にとって女性のスカートの中身は神秘そのものなんだよ!」







……はぁ。







「今日は何色のパンツはいているのかな?とかさ、脚の形はどういう風になってるのかな?とか。お尻の肉つきはどんなんかな?とかさ」






…………。







「ズボンとは違って、スカートは体型がほとんど反映されないから男の浪漫なんだよ!」






わかる?さん?と最終的に同意を求められてしまいましたが。すいません、わかりません。わたしは女なのでそんなことわかりませんし、正直わかろうとも思いません。ズボンでもガウチョとかストレートジーンズはそこまで体型が反映されないので妄想し放題だと思うのですが。
スカートでもタイトスカートだったらかなり体型が反映されると思うのですが。や、突っ込むところはそんなとこじゃないですね。むしろ、スカートの中身を妄想するっていうところに突っ込むべきですね。男の子ですし、お年頃ですし、まぁ人並みに女性の身体に興味はあることも世間一般の常識としてわたしも理解はできます。

けれども。






「………幸村くん、そうとう変態ですね」







と思わざるを得ません。そして思ったことが思わず、ポロっと口に出てしまいました。普通、好きな女の子の前でこんなことポロっといいますかね。しかもまだお付き合いして3日も経たないのにこの発言。幸村くんに怒りは全く感じません。最低とかも一切思いません。だって、仕方ないですもんね。興味ありますもんね。男の子ですから。むしろ敬意を表します。好きな女の子の前で堂々と「スカートの中身を妄想します」宣言。きれいな顔が台無しですよ。中性的とか美男子とか貴公子とか呼ばれてるのに、何ですか。その脳内エロ宣言。幸村くんのファンがこれを聞いたら確実、泣きますよ。もうちょっと自分の発言に責任を持ってくださいよ。

そして。仮にも好きな子の眼の前なんですから、そんなことを開けっぴろげに言わないでください。いくらお付き合いが「俺のこと知ってもらうチャンス」だとしても、ここまで深く知りたくはなかったですね。…幸村くんって本当にわたしのこと好きなんですかね。ちょっと疑問です。



わたしの変態発言が聞いたのか、幸村くんは「そんなことないよ!普通だよ!!」と、手をブンブン振って否定しにかかります。ええ、男の子の中では普通なのかもしれませんね。でもやっぱり女のわたしが聞くとちょっと首をかしげたくなるんですよ。はい。わたしが引いているにも関わらず、そんなわたしをほっといて、幸村くんはどんどん話を展開されます。








「それをさぁ、さんはさぁ…見事に裏切ってくれちゃってさ…」





と、先ほどまで踊るように弾んでいた声が徐々に言葉を発する声が尻すぼみになって行っています。唇を尖らせて、不満そうにわたしを見て「俺だってさぁ、やっぱ好きな子がさぁ下にジャージとか履いててほしくないんだよね」「今日だってさぁバドミントンする時にちらって白いふとももが見えたらいいなって思ってたのにさ」「さん、しょっぱなからこけるからさ。ひょっとしたら今日はラッキー起こるかも思ってたのにさ」「そんで案の定、派手にこけてさ。やった!ご開帳!!て思ったら、ジャージでした。なーんてさ」「すっごい悲しくない?あのときの俺の落胆ぶり、さんにわかる?」と一昨日と同じくグチグチグチグチおっしゃるものですから。


短パンを履いていたわたしが悪いんですか?って思うんですよ。だって、短パンを履く理由って不測の事態に備えるためなのに、何故。ここで短パンを否定されなくてはいいんですか。
むしろ、短パン1つでなぜここまで語れるのでしょうか。別にいいじゃないですか履いてたって。正直に申し上げると、少々くだらなく思えてきました。
男の子が幼稚だと言われるのは、この辺りにも理由があるのかもしれません。


最後には「見たかったな、さんのパンツ」とまで仰られるので、ドン引き、というより徐々にかわいそうになってきました。キモい、という考えに至らないのは幸村くんの顔がいいからでしょう。(顔で得しましたね、幸村くん)それに、この人は本当にわたしの下着如きで喜んでくれるんだな、と思うと嬉しいような恥ずかしいような気もするのです。とか思ってしまうわたしも、十分幸村くんと同じくらい変態なのかもしれません。





いじけている幸村くんに向かって「えと…今度から短パンをクオーターパンツにしますので…それで妥協していただけないでしょうか」と慰めつつ提案している時点で
この短期間で幸村くんの考え方に感化されているのかもしれません。







嫌な感化のされ方だなぁ、と実感しつつ3日目が終わりを告げました。