1日目









さっそく朝、幸村くんと学校へ行くことになりました。
ちなみに、わたしは非常に朝が弱いです。いつもギリギリまで寝ていたいタイプです。
今時の女の子のように朝早く起きて髪いじったり、お化粧したりなんて一切しません。
顔さえ洗えてりゃあいいです。それ以外は気にしません。



幸村くんとの待ち合わせ場所は学校から徒歩10分の最寄り駅。わたしや幸村くんはもちろん、多くの生徒が登下校の際にその駅の前を必ず通るという理由でそこに決定しました。ちなみに、わたしの家はその駅から眼と鼻の先で、徒歩15分で学校に着きます。やったら近いです。駅はわたしたち以外の人たちも待ち合わせ場所として利用していることから分かるように、合流しやすいというメリットがあるのですが。朝のラッシュ時、その駅は立海生で埋め尽くされてしまい、もちろんその中にはわたしの友人だったり同級生だったりも居たりするわけですよ。


つまり、もろ知り合いに出くわす確率が高いんですよね。


別に普段ならいいんですよ?友だちに会うくらいどってことないですよ。「おはよー」とお互い挨拶してそれで終わり。でも今日からは、幸村くんと一緒に学校へ行くんですよ?
もし、こんな所を見られたらどうなりますか?確実に質問責めですよ!親しい友だちならともかく、どうでもいいような子にまで「さんさぁ幸村くんとどういう関係なわけ?」とか聞かれるんですよ!鬱陶しいですよ!何で自分のことを他人様に一々報告しないといけないんだって思いませんか!?わたしが誰と付き合おうが、そんなことお宅様には関係ないじゃないですか。ほっといて下さい、リーブ・ミー・アローンでござーますよ。






と、まぁ、つまりは見ず知らずの人間に上述のような質問をされるのが、わたしは煩わしいのです。なので、出来れば駅前での避けたかったのですが、当の幸村くんが「そこがいい」とおっしゃるものだから。いやだ、と思っていても、自分の勝手な理由を口に出来る訳もなく、別の待ち合わせ場所を考えてみれども、そうは簡単に見つからず。断る理由が全く見当たらないので「はい、わかりました」とお返事せざるを得ませんでした。




「じゃ、8時にね」と言うことで、その時刻が指定されたわけですが。









思いきり寝坊しました。









さっきも申しました通り、わたしは朝が苦手です。家が近いことも手伝ってか、いつもギリギリで教室へ駆け込んでおります。特にこの寒い季節、本当に起きるのが億劫で溜まらないのです。
今日もいつものように布団の中でしばらくゴロゴロしていると。






突如、携帯の着うたがかかりました。
異様に曲が流れる長いので、電話かと思われます。







何だよ、つーか誰だよ。人があったかい布団でごろごろしてる時に電話なんかしてきやがって。まだ8時じゃん。家から学校までは全速力で走っても5分だから余裕で間に合うじゃんか。せっかくの目覚めが電話とかありえねーもっと寝かせやがれこんにゃろー。
ベッドの脇に置いてあった携帯を、布団の中から手を這わせるようにして取り、不機嫌さマックスで通話ボタンをぽちっと押し、「ふぁい」と言葉とも判別出来ないようなうめき声で電話に出ました。





『おはよう』






電話越しに聞こえたあまりにも爽やかな声はわたしへの死刑宣告のように聞こえました。この一日の始まりを意味する、日常的な朝の挨拶により、頭は夢の中から現実世界へと引きずり出されました。わたしの意識を完全に覚醒させるに至るほど、声の主からはそこはかとない怒りやら何やらが感じられます。昨日も聞いたその声の主は、わたしとこれから深い関係になる予定の人物だ、と瞬時に脳内でリンクさせる事が出来ました。






『寝てたでしょ?』







そうです、彼氏・幸村くんからのお電話です。それと同時に、幸村くんと昨日からお付き合いしていることを思い出しました。ええ、そうですとも。お付き合いしてることも、朝一緒に学校へ行くことも、記憶の彼方へゴー・アウェイしてたのです。なんたる失敗、わたしってばなんてお馬鹿さん。
幸村くんの声のトーンは昨日と同じく明るいものでしたが、待ち合わせ時間を破ってしまった手前、その暖かさと柔らかさが恐ろしく思えます。
いくら幸村くんが穏和な性格だからと言って、約束を破るなど言語道断です。わたしが幸村くんでも彼女が遅刻して来るとかイヤですよ。






『今、さんの時計は何時かな?』






と、依然明るいトーンで囁く幸村くんの顔はきっと恐ろしいに決まっています。
おそるおそるミッフィーの目覚まし時計で時刻を確認すると。






「8時5分…です」







オーマイガー。
これが制服も着てご飯を食べて用意を済ませて家を出られる状態で言うならまだしも、パジャマで頭もぼっさぼさでご飯を食べてない状態のわたしが言うと、自分でも自分に対してすごく敵意を感じます。
幸村くんの今の気持ちが痛いほどわかる。絶対、負の感情が渦巻いて「何やってんだこんにゃろー」と思っているに違いません。








『本当、付き合って初日から寝坊とか度胸あるよね』





悉く期待を裏切らない人だね、と呆れたようにため息を吐かれてしまいました。実際、呆れていらっしゃることかと思いますが。わたしはわたしで「本当、申し訳も立ちません」とひたすら平謝りをしつつ、パジャマを脱ぎ捨て、下着姿に。キャミソールを着てブラウスを捜しますが見当たりません。その間も携帯を耳に当てながら、幸村くんのネチネチしたお説教を聞き続けます。テニス部だったらこんなこと有り得ない、とか、俺が真田だったら鉄拳ものだよ?とか、おっしゃる幸村くんは意外に根に持たれるタイプのようですね。意外な新事実ですが、イヤな一面を知ってしまった気分です。
幸村くんの小姑並に長いお話を半分、流しつつ、ブラウスはきっとママンがアイロン台に置いたままにしてるのだろう、と思い、携帯を耳にあてて、その格好のまま、部屋を飛び出し、ブラウスを求めて、部屋を出て階下のリビングへ向かいます。そこでママンに一声、「おはよう」と心からの美しい挨拶をしてから、「ブラウスどこ?」と尋ねます。通話口を押さえて尋ねましたが、焦ってたので思いの他、声が大きくなってしまいました。きっと、一連のの流れは聞かれていることでしょう。「あんた、なんて格好してんのよ!女の子が下着で歩いてんじゃありません!!」と怒鳴られながらも、自室に戻り、ブラウスに袖を通します。




さんさぁ…ほんっっといい度胸してるよね』





来ました。
幸村くんのお小言。




さっきまでは流していたのですが、時間に若干余裕(といっても、待ち合わせ時間は大幅にオーバーしてますが)が出来たので、改めて耳を傾けます。






『俺の話、聞いてなかったでしょ?』




さっきまでは、怒っているだろう、という推測だったのですが、今度はかなりムッとしているのが口調からわかるくらい、ぶっきらぼうに変化しています。幸村くんが怒るなんて見たことも聞いたこともなかったので、驚き半分、焦り半分。やばい、怒らせた、とはわはわと慌てふためき、譫言のように「ごめんなさい」と呟くわたし 。付き合って早々、見限られた女ってシャレになりません。笑い話を通り越して恥です、最低です。








『それに…今、ちゃんと服着てるの?』

「へ?」

『服だよ、服。あのさぁ、さん』








電話の相手が俺ってこと、わかっててやってるの?

と、特大のため息を吐いて幸村くんはわたしに諭すように言いました。
言われていることがよく理解できないのは、幸村くんの言葉が難しいのか、それともただ、わたしがお馬鹿さんだからか。おそらくは後者でしょうが。お馬鹿なわたしに対して、まるで子どもに言い聞かせるように幸村くんは質問して来ます。






『俺の性別は何?』

「だっ…男性です」

さんは?』

「女です」

『そう。俺は男でさんは女の子なの』







このやり取りは何か意味があるのでしょうか。性の認識というこんなわかり切った当たり前なこと、申されるまでもなく、理解しているのですが。

首を傾げて幸村くんの次の言葉を待っていますと、幸村くんの大きなため息が。









『だからさ。電話越しとはいえ、そういう無防備な格好されると俺がすっごく困るの』






朝からこんなこと、言わさないでくれる?







幸村くんは声を荒げてわたしに言いました。怒ってはいらっしゃるみたいですが、ぽしょぽしょ語尾が尻すぼみになっていることから、どこか発言することに対する恥ずかしさを感じさせられます。ここまで言われては、いくら鈍いわたしでも、彼が何を言いたいのか理解できます。幸村くんにここまで言わせないと理解できない自分が情けなく、また幸村くんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。待たせている上に、恥ずかしいことまで言わせて、わたしカナリ最低ですね。






「本当、なんかもう色々と申し訳ないです」






ぺこり、とお辞儀をしながら電話の相手に謝るわたしの仕草は、まさにクレームに対処しているコールセンターのオペレーターやサラリーマンそのもの。






『そう思うなら早く来てよ、さん』








そして、唇を尖らせるかのように、恥じらいながらもプリプリ怒ってる(と思う)幸村くんはちょっとわがままを言うキャバ嬢みたいだと思いました。何か男の子なのに、ムカつくことを言われてんのに、怒り方、可愛いなぁ、と思ってしまいました。





その後も幸村くんは、電話越しでブチブチと「昨日から一緒に行けるって楽しみにしてたのにさぁ」「手とか繋げるかなぁ?とか考えてたのに」「昨日、興奮して寝れなかった俺、バカみたいじゃん」と文句を言い、わたしが到着してからもそっぽを向かれたり、小言をネチネチ言われました。ただわたしは「すいません」「二の句も出て参りません」「おっしゃるとおりです」と謝り通すしかありませんでした。






わたしたち、
まるで、男女が逆転してるかのようなカップルだ、と思わざるを得ません。

こうしてしょっぱなからトラブルを起こし、1日目は終了しました。